「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2009年01月01日(木) アイデンティティー

 帰宅日の朝は豪雨の音で目が覚めました。カーテンを開けると、外は前の民家が倒れるのではないかと思うくらいのすごい風です。けれど幸いにも雨は小降り。7時にホテルを出て乗り場まで歩きました。
 新年の朝、バス乗り場に集まった人はみなさん旅の人。旅人は1年の始まりも普段と同じことをするようです。私も人生の旅人として普段と同じことをしています。
 
 バスが走り始めて出入りした何軒かのレストランが見えると、いくつかのエピソードを思い出しました。
(蚊に刺されたなぁ。あのお店ではスープを持ち帰ると言ったらビニール袋に入れてくれたなぁ。あのお店のお兄さんは道端ですれ違ったとき私の名前を呼んでくれたんだ)。思い出すのはどれも楽しいことばかりでした。
 バスは宿泊したホテルの前も通り過ぎました。ホテルでは小さなハプニングがいくつかありました。言いたいことが伝わらなくて泣きそうになったこともありました。
 昨晩ホテル経営者の女性が「人々がいろいろ言って悲しかったでしょ?」と私に言いました。私は「だいじょうぶです。どんなことも私の人生の勉強です」と答えました。
 ありのままの自分を生きることが出来たからでしょうか。ニャチャンはもう、私の新しい故郷のようなのです。窓の中からベトナムに出来た新しい故郷に(又ね…)とあいさつしました。


 バスがニャチャンから離れた頃、心は「対」ということを考えていました。
昨日は自分と他者を並べて「対」を考えました。今日はそれとは違う形が浮かんできました。違うのは対象が自分になっていることと、私は自分と「対」であればそれでいいのかもしれないということです。
 自分と「対」であるということは、心の中の自分と外の自分が同じであるということで、つまり 「ありのままの自分」 ということだと思います。このような発見は昨日よりもしっくり私の心に馴染みました。

 「ありのままの自分」を探求しているうちにこんなことにも辿り着きました。
それは“私はこの頃誰と話をしていても同じ自分のような気がする”です。
「42歳日本人。今ベトナムで心の本を書いている。離婚した。子どもが4人日本に居るよ。もうすぐ日本に帰るの。滞在?1年。又来るかどうか?分からない。理由? いろんな国を見てみたいから」
 私は少なくともベトナムに来た 2008 年の2月から誰に聞かれても同じことを語っているのです。そして、私はそんな自分を知っているのです。もしかすると、このようなことを自分が一定していると言うのでしょうか。

 浮かんでくる思考と相談しているうちにバスは休憩地点に着きバスの外に出ました。足元には珊瑚礁のかけら。私は「ファンティェット」という町の砂浜に、生まれて初めて足を下ろしたのです。
視界には透き通る青い海 「カーナ海」 が広がりました。
心には 「アイデンティティー」 という言葉が広がりました。


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