「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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朝6時。ベッドの上で、上半身が「動きたい」と言った。 Ky Hoa 公園で壁投げ。帰りに、甘い豆腐やさんに寄ると、何時もと違う女性。一袋が何時もより大きい。値段も少し大きい3000ドン。 N1の文章のことが頭にある。過去の思考と今をはっきりさせて、まとめに入った。と言ってもパソコンが動かない日曜日。しかし、今日はいいことに気が付いた。つまり、パソコンも日曜日なのだ。「たまには休みたいよね」。パソコンに話しかけ、片手間に仕事をしながらまとめをした。
午後は約束があった。預けた Viza を受け取りがてら、先日すれ違った友人の家へ行くこと。家を出てすぐに、友人から 「もう駅に着いたよ」 と連絡が来た。一瞬、急ぎ足になったけれど、時間は約束の1時間前。私は散歩を楽しむつもりで早めに出て道を歩いている。天気もいいし、散歩は楽しい。自分の予定をそのまま進めた。 友人の家は、4帖とロフト3帖くらい。クチの生活を見たせいか、家の中にトイレがあるだけで、いい家だと思える。同居のベトナムの子は、トイレの傍にある水道水で食器を洗っている。こんな光景も違和感はなくなった。いろんな場所を見て歩いていることは大きい。それに、友人の家のトイレがきれいだったことも関係しているだろう。 私の場合は、食べ物や食器を洗う時、廊下の共同洗面所を使う。日本の男の子は、「よくあそこで料理出来るなぁ。すごいよ」 と言う。別の子は 「生野菜は食べないほうがいいよ」 と言う。そうは言っても、私は私の体ちゃんが食べたいものを食べさせてあげたい。体にやさしい生き方をする時、きれいな水があれば、洗う場所はどこも大丈夫になる。私は、行った先の国で、その国にあるものを利用して生きるほうが楽に生きられる。こんなとき、私の頭にはインドが浮かぶ。外で食べる野菜よりも自分の洗ったものの方がきれいなこともある。今では、廊下の洗面は私の台所になっている。だから、時々掃除もする。 この国の野菜、特にトマトには、白い粉が付いている。たぶん農薬だと思う。市場によっては、売り場に薬の臭いがしたり、洗っても薬臭さが残るものもある。食べるときに臭いがすると食べられないけれど、それ以外は、たいてい生で食べる。 いつも思うことがある。この国の野菜の農薬が、本当に人々が言うくらいに多いとしたら、この国の人はみんな死んでいる。きっと、新しい命も生まれていない。でも、この国の人は生きている。 健康寿命が低いことに食生活が関係あるだろう。けれど、健康を意識して生きることと被害を恐れて食事をすることは意味が違う。 生きた年齢とその人の人生の充実度も違う。行きたい国の飛行機の中で人生が終わるのなら、その人は喜びの中で死んでいくことになるだろう。 こう書いて、私は書いた本を持って乗った日本行きの飛行機の中で死んでも大丈夫かとイメージしてみた。しかし今は、せっかく出来たのだから、 せめて東京のとある駅で手売りしてからにしたいと思っている。でも、実際に書き終えて飛行機に乗ったときには、それもいいと思っているかもしれない。
友人の家では、ベトナムの女の子が水道水を使って、料理をしていた。水道水が料理に使えたらなぁと思っていたから、現地の人が使っているのを見て嬉しくなった。 そういえば、先日、日本に住む友人から 「氷は食べれる?」と聞かれた。こちらに住み始めた日本の人からも同じ事を聞かれたことがある。 私は越南してすぐの頃、暑さのあまり水道水を飲んでしまった経験があるせいか、氷のことは気にしたことがなかった。 結婚していた頃は、中国産の野菜は大丈夫かと気にしていたのに、人間は、経験した分だけ変化するのだな。
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