「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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人々は毎回、市場に行ってその時食べるものだけを買う。冷蔵庫を使わない人々を見て、自分を見る。 食事は何のためにするのだろう。改めて、別人格だったタケシの事が浮かんだ。 子どもの頃、お腹が空いても食べ物をもらえなかった。 しかし、空腹の辛さにばかり心が行っていたが、お腹が空いていることの苦しみより、愛を注いでもらえないことの苦しみのほうが大きかったのだ。 タケシは、辛かった。そしてそれは私だ。 こんな私に、新たな感覚がよみがえったのは午後のことだ。タケシのことがわかってから、私の中に沸いた新たな感覚。 体が欲しているよと言う。その感覚に添って取り入れる。辛いものや濃すぎるものは、体が嫌だと知らせてくれる。 食事とは、食べたいものを食べたいときに食べるものだ。 栄養のある食べ物探しは、感じることの次にすることだ。 しかしそれすら、体の欲求に添っているうちは、おのずとバランスの取れた食事になっている。自分は今まで、なんと脅迫的に食事をしていたことだろう。 私の中に新たな感覚が目覚める。この感動をどうやって表せばいいのか。 気付きとは、なんてステキなことだろう。 感覚で生きるとは、なんてステキなことだろう。 私はこんな自分のことを頼もしく思う。 体の真ん中からワクワクが溢れる。 この喜びを、どのように表現すればいいだろう。
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