「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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学校の近くのパン屋さんで休憩していたら、そばに座っていた男性に話しかけられた。「あなたは恋人は居ますか?」と尋ねてみたら、居るよと言ったので安心した。 話はベトナム語と英語だった。この3ヶ月の間に、分からない単語は英語に切り替えると話がつながることを経験し、その切り替えも早く出来るようになって来ているので、会話はつながった。今朝自分で勉強したばかりの文法の説明は分かりやすかった。 ところが、あるときから、私の中に「つまらない。帰りたい」という気持ちが沸いて、視線は外の景色の方へ向きはじめた。 そんな自分に耳を澄ませたら、私は英語よりもベトナム語を広げたがっていた。と言っても、私も単語も少ないのだから仕方がない。そして、使い分けるのに疲れてきたとも言えるので、席を立ったけれど、そっぽを向いている自分と会話したことで、もっといろんな言葉を知りたがっている自分を感じられたのだ。 ところで、私は今、ある方から聞いた言葉が気になっている。それは、ベトナムで「日本人として生きる」ということ。私は今、ベトナムで生きているけれど、日本で育った人なのだ。日本人として生きるとはどういうことを言うのだろうか。 ベトナムの人と違っていてもいいことは分かる。言葉が分からなくてもいい。分からない自分を変えていこうとしていることがいいのだと思っている。 帰り道、いろんな思いをめぐらせていたら、私の中に、凛としたものが沸いてきた。この時に浮かんできた言葉が、「凛」だったのだけど、別の言い方をすると、いつも私でいい。私が私になったという感じでもある。 「凛」という字を広辞苑で調べたら、「引き締まる」ことと書かれていた。鈴という感じもあった。鈴の「りん」の方は、やさしく感じる。 鈴つながりで、今日のタイトルは「音色」にしておこう。
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