日記のような語りのような。

2004年04月13日(火) 君に会いたい6 <続・君がいるから>

「……それで?」

抑えるようなムウさんの声に、アスランくんはゆっくりと顔を上げました。

「その大切な猫を、父親に代わって取り戻しにきたって云うのか?」
「フラガさん……」
「確かに俺は、元の飼い主にこいつを返さなかったさ。けどな、それでも俺は、俺たちは――!」

「違いますよ」

きっぱりと云いきったアスランくんの言葉に、ムウさんは目を丸くしました。

「違います、そんなことじゃない」
「じゃあ、どういう……」
「俺、ラウに触れるのは今日が初めてなんです」
「は?」

突然変わった話題にムウさんは思わず顔をしかめました。
アスランくんはラウの白い毛に指を絡ませるように、愛おしそうにラウを撫でていました。

「前の子には何度か触れることができたんですが、どうもラウは本当に父のお気に入りだったらしく……。世話は大抵父の秘書がやっていたようで、俺はごくたまに、父の部屋の扉越しや庭から父の部屋を見たときに、かろうじて見かけることがあるくらいだったんです」

ラウを初めて見たときのことを、アスランくんは未だにはっきりと覚えています。
真っ白な小さなものでしかないのに、なぜかこちらを惹きつけてやまず。
見えなくなる瞬間に現れた青い瞳はただ真っ直ぐで、これが本当に仔猫なのだろうかと思わずにはいられませんでした。

「ずっと、ラウに触れてみたかった。けれど触れることもままならないうちに、ラウは家から姿を消していて……」

ラウが消えたという話を聞いたあと、少しだけ沈んでいるような父の姿を目にしたのはまだ記憶に新しいことです。
けれど、とアスランくんは思います。

「――それで思ったんです。父はもう、解放されなければならない、と」

母のことを忘れろなどと、そんなことはアスランくんには云えません。
けれど、いつまでも悲しみに浸っていては何の解決にもならない、そんな気がするのです。
くるりとラウの頭を撫で、何気なく手を差し出すとラウの前足が手のひらに乗りました。
そのままひょいっと持ち上げると、いとも簡単にラウはアスランくんの腕の中に収まっていました。
その様子にムウさんは少しだけかちんときましたが、アスランくんのなんとも嬉しそうな様子に何もいえなくなってしまいました。

「俺の勝手な考えですが、こうなってよかったんだと思います。ラウもなんだか、うちにいた頃よりもずっと生き生きしてるようだし」

腕の中のラウがふいに顔を上げてアスランくんを見上げます。
アスランくんが頭と喉とを撫でてやると、ラウは気持ち良さそうに目を閉じました。

「ラウを、お願いします」

そうしてアスランくんはムウさんを見つめると、腕の中のラウをムウさんの腕に滑りこませました。
こちらに来たラウを落さないよう慌てて体勢を整えるムウさんに、アスランくんはくすりと笑いました。

「もうひとつ、頼みたいことがあるんですが」
「ん?」

ひょっこりと横から顔を覗かせてたキラくんが珍しげにラウに触れており、ムウさんは腕の中で大人しく撫でられているラウを、アスランくんは彼らのそんな様子を見つめていました。

「――また、ラウに会いに来てもいいですか?」

ふわり、とラウの尻尾が揺れました。
思いがけない、けれどある意味予想通りの言葉に、ムウさんは腕の中のぬくもりを抱きしめたまま微笑みました。

「もちろん」


これは、ラウがムウさんの家に来てからしばらくたった、あるあたたかな日のお話――。


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紗月 [MAIL]