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| 2005年08月07日(日) soso |
| まったく、家にいても何もすることがなく、暑いし汗が流れるしでシャワーを浴びて、半身浴をした。 もともと、お湯を溜めて入るお風呂ではなくユニットバスなので、体が窮屈で足が伸ばせない。伸ばせないから、足先だけ外に出してじっと湯に浸かる。 それでも、じっとしたままなのは退屈なので、一旦体を拭いて本棚の前で本を選んでから、また湯船に浸かる。 そろそろ私は、次のことを考えなければいけないのかもしれない。 たとえば、仕事の。 たとえば、恋人の。 たとえば、自分の人生の。 今に満足してないわけではないけれど、何かを変える必要があるのではないかと思った。 私は、常に、じっとしているのが苦痛だ。 現状に満足するということがあまりない。 「So-so」という中で私はずっと生きてきて、「満足」という思いに至ったことがあまりないような気がする。 湯船の中で本を読んでいても、本が濡れないようにと気をつけるのが面倒になってきたので、もう一度体を拭いて、今度はパソコンをバスルームの前に持ってきて音楽をかけた。また湯船に入って音楽を聴きながら鼻歌を歌う。 では、何を変えるのか? 今の私の何を、どう変えたいと思っているのか? けれど、実態は、何をどうしたいという思いがあまりない。 だからこそきっと、私は今にもがいて何かを変えようと必死になったとしても、いつまでも「So-so」としか感じることが出来ないのだろう。 一体、私は何をどうしたいというのだろう。 私はきっと飽き性なのだ。 飽き性で、堪え性がないのだ。 だからこそ、何においても甲斐がなく、私は落ち着きのない人間なのだろう。 音楽も聴き飽きたので、私は体をずり下げて肩まで湯に使ったら、湯を抜いてシャワーを浴びて、体を拭いてベッドにそのまま横になった。貧血で頭がくらくらしたのだ。 スーパーに行こうと思った。あさりのパスタを作ろうと思った。 だけど、次の瞬間、夏の強い陽射しが床を照らしているのを見て、外に出ることを諦めた。 私は飽き性で堪え性がなく、落ち着きのない人間なのだ。 |
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