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2005年06月14日(火)  偏見とコンプレックス
「僕は、中学までしか出てませんから」という派遣スタッフの男の子がいる。
私より、ふたつ年下だったと思う。

大昔のことなら、最終学歴が中学校という話などよくあったことかもしれないけれど、80年代に生まれた人が、中学までしか学校に行ってなかったということは、どういう事情があったのだろうかと、誰しも想像してしまいがちである。

世の中に学歴の偏見があるのかと言われたら、少なくなってきたのかもしないけれど、まだあるのかもしれない。あまりそういうことに拘らない環境に生きてきたので、実感がない。それはたぶんきっと幸福なことなのかもしれない。

学歴はその人を表すひとつのファクターではあるけれど、それはただのひとつにしか過ぎないと私は思う。大学へ行くのは、ただ学生期間を引き延ばすためだけの時間のようにも思えるし、学生でいられる環境であるのなら、私は出来るだけ学生で居たほうがいいように思える。選んで社会に出る必要などなく、学生でいるうちに社会人の時には過ごせない時間を得られればいいのに、と思う。一度、社会に出てしまえば、その先は嫌になるほど長いのだから。

中学までしか出ていない彼は、ことあるごとに「僕は中学出ですから」と言う。
彼が言うには、学歴でいろいろな辛い目にあい、苦労したそうだ。
だからこそ、彼はこれまで実力主義の企業で働くことが多く、そして成功してきたという。
また、大学受験に挑戦するので派遣の仕事で自分の時間と両立できる仕事を探したいとも言った。

そんな彼の働き振りを見ていると、私は痛々しくて見ていられないと思う。
彼の姿から感じることは、「一番に学歴に偏見を持ち、コンプレックスに思っているのは彼自身だ」ということだ。
何か悔しいことがあれば、すべてを学歴のせいにし、上手くいかないことがあれば、結局は中学出だからという理由に行き着く。
私はそんな彼の話を聞いていて、かけてあげられる言葉がない。
もっと、冷静に自分を見られないのだろうか。
もっと、冷静に仕事を振り返られないのだろうか。
彼の気がすむためには、早く大学の受験を受けて入学すればいいのにと思う。好きなだけ勉強をして、最終学歴に早く大学名を刻めばいいのにと思う。


彼を見ていたら、もしかしたら私だって、自分の学歴にコンプレックスはあるのかもしれないと思えた。音楽大学を出たのに、どうして音楽の仕事をしてないでこんな営業の仕事をしているんだろうって。後悔と言えるほどはっきりした感情ではないにせよ、まったく違う方向の仕事をしてしまっているなぁと苦笑が漏れる程度ではある。でももし、その感情が学歴に対するコンプレックスで、後悔と呼ぶ感情の一種であるのなら、私のような誰かが言うだろう。「だったら、これから音楽のプロになって音楽家と言う職業につけばいいじゃないの」と。
だけど、そういう話しではないのだ。
私の音大の話しも、彼の中学出のコンプレックスと最終学歴の話も。
そういうことではないのだ。
自分自身が一度感じたコンプレックスは、事実を塗り替えたからといって、果たして解消されるものではない。コンプレックスは感情の問題なのだ。


社会に出た経歴ははるかに私より長いのに、まだ年齢も若く、実力だけに頼った社風の会社で勤めてきた彼は、今にも切れてしまいそうな危うさがあって、私は不安を感じる。高いプライドと自信にみなぎっているけれど、すっかり凝り固まってしまって誰の言葉にも耳を傾けない。普段から話す言葉も意識してかビジネス的な口調を使い、肩肘張って強がっているような気がしてならない。


これもひとつの偏見なのだろうか。
私が、彼に対しそんな不安を感じるのも、ひとつの偏見なのだろうか。
プライドの高い自信家の中学しか出ていない彼。
そんな彼に、私は不安を隠しきれない。
彼はこれからどうなってしまうのだろうか。
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