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| 2005年06月04日(土) 引き算 |
| 去年頃から、うちの会社の新卒採用の担当者と一緒に仕事をする機会がある。 学生の最終面接ってどんな風にしてるんですか、と聞いてみた。 女子学生のうちの何人かが泣いて帰るそうだ。稀に男の子もいるそうだけど。 タフな人間を採用したいという欲が、学生の面接時に「あなた、うちの会社に向いてないんじゃないの?」という質問に変換されるのが、いまいち虚しい点ではないかと思う。 泣いて帰った子が、その後辞退してきたか、若しくは不採用通知を受け取ったかはわからない。 泣いたことが減点材料になるわけではないだろうけれど、新卒の採用は引き算の連続なんだと感じる。 まだ内定をもらえない学生と話しをする機会があった。 彼の結局の不安点は、自分が何に向いているのかわからない、ということだった。 どうして、「何に向いているか」という発想になるかが不思議だった。 何をしたいか、という発想にならないことが残念だと思う。 それでも、22歳で何をしたい、何が出来る、何に向いているなんて決断するには、あまりにも情報が少なすぎるし、選択肢が多すぎる。だからこそ、学生の就職活動にそれほど人生の重きを置くことなど不必要なのではないだろうか。 そうは言っても、その理屈が就職活動中の学生に通じる言葉だとは思わない。 私は、学生の就職活動をいうものを一切経験したことがない。 アルバイトで努めていた会社に、卒業と同時に入社したためだ。 格好よく言えば、インターンシップみたいなものだけれど、所詮、最初の入り口は「アルバイト」のつもりだったため、仕事を探したのはアルバイト情報誌からだった。そのときは、まったく何も考えず、たとえば将来のこととか、自分が何に向いているかとか、真剣に選んで決めたという記憶はあまりない。面白そうだったから、というただそれだけの理由でそれを選び、いま普通に企業に勤めていることを思えば、異様な緊張感を漂わせるその学生の肩をさすってあげたくなる。 分岐点なんて、いつも毎日そこここに転がっていて、就職活動で企業を巡るよりも、もっと大切な分岐点がそばにあることを見逃さないで欲しいと思う。 そしてそれは、全く同じことを私にも言えることだし、誰にでも言えることなのだ。 |
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