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2004年12月07日(火)  指の動き
東京で数少ない森のそばに、そのお屋敷は建っている。
見上げるほど高い門がぎーっと音をたてて開くけれど、とても手入れが行き届いた庭や屋敷には、不思議な魅力がある。

異母兄と連れ立って、私たちはその人を訪ねた。
兄の母方のおばあちゃんを訪ねた。
私から見れば、血の繋がった家族でも親戚でもない人だけれど、それでも私はその人を兄と同じように祖母のように思える人だ。
学生の頃はよく遊びに来ていた。社会人になったらその日その日を送ることで精一杯になってしまい、自然と足は遠のいてしまう。たまにそのおばあさんを思い出しては、顔を見せに行ってあげないと心配かけてしまうなあと思うときもある。

その家の一番奥の部屋、絨毯敷きのとても明るい部屋にグランドピアノがある。

友人や同僚と食事をしにいったりお酒を飲み行ったりするとき、ピアノが置いてあるお店だと、「音大出身のあいちゃんのピアノの腕前を聞かせてほしいなぁ」とよく言われる。私は笑いながら手を横に振って、もう弾けないから、と避けることに決めている。

その部屋にあるグランドピアノは、おばあさんが兄の母親のために買ったものだそうだ。兄の母親が家を出てからは、おばあさんがひっそりとピアノを弾いている。だからそのピアノは埃をかぶることもなく生き続けている。

兄がおばあさんと向こうの居間で話しをしている。
私はしっかりとドアを閉めて、ゆっくりとピアノを開いてみた。
私の中で譜面もなくすぐに弾ける曲はとても少なく、あまり知らていない曲だ。

私は人前でピアノを弾くのが嫌いだ。
上手くないから。
もっとこう弾けたらいいのにと思うことがある。
音楽大学での専攻はピアノではなかった。ピアノを専門にしていたわけじゃなくとも音大生だからこそピアノの単位は必須だった。こう弾けたらいいのにと思うほど、指の動きや指の力はコントロールできない。それでは集中力も続くわけもなく、ピアノの練習はあまりやってこなかった。
小学生にあがる前から習っていたというのに。

だから、私はドアをしっかり閉めて、この家のこの一番奥の部屋でピアノをひっそりとこっそりと弾く。
たぶん、私のコンプレックスなのだと思う。
ピアノだけではなく音楽を勉強することに真剣になれなかったことのコンプレックスや、音楽の仕事を目指さなかった自分のコンプレックス。

それでも私は私を責めてはいけない。
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