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2004年11月20日(土)  太ももを染める
腹痛がする。
子宮だか膣が痛む。ぼっこりと腹が膨れている。体の何もかもがむくんでいる。

太ももに血が一筋、落ちていく。
ベージュの床にそれは届きそうになる。

デスクから見る風景は、雑然としている。
誰も居ないオフィスで、私はひとり前を見る。横長の空間には紙だらけの乱雑さと無機質に冷たい収納棚しかない。どこかのプリンターがジリジリと音を上げ、今か今かと紙を吐き出すタイミングを待っている。

携帯をとって恋人の番号を呼び出してみる。電話をかける気があるのか、かけるつもりなどないのか、自分でもわからない。パソコンの画面ではカーソルが点滅している。今か今かとタイプされる文字を待っている。呼び出し音は数回聞こえ、そして留守番電話に繋がった。記憶させるメッセージもないのでそのまま電話を切る。

太ももから垂れた血は、やがて足首を回って床に落ちた。シャワーをひねると排水溝に渦を巻いて吸い込まれていった。私は狭いバスタブに四つんばいになって流れる血を想像した。暗くて臭くてぬるぬるした排水溝に流れた血の塊を。

社内プレゼンのために資料を用意してくださいと、どこからか声が聞こえる。社内プレゼンのためになぜ自分の時間を割いて書類を作らなければならないのか、とても疑問に思う。アピールは何かに恐れを感じている人だけがやればいいと思う。カーソルはまだ点滅したままで、その後に続く言葉が見つからない。頭の中には、言葉はまったく整理されていない。

ブルブルと携帯が震えて、小さな窓に恋人の名前が表示された。ブルブルと携帯電話はデスクを這い回り、そのままボールペンにぶつかった。腹が痛む。貧血がして、ため息が出る。憂鬱になる。席を立って自販機の前に立ったら暖かい紅茶が出てきた。煙草を吸うための小さな部屋に入ったら、街の喧騒がすぐそこに見える。

背中をシャワーの湯が打つ。しなった背骨に水がはねてはわき腹を通って滴り落ちる。カーブした髪の毛が腕に張り付いて、そこからもまた雫が落ちる。この雫の落ちる角度は偶然ではなく、きっとそれは物理的に裏づけされた角度によって足に落ちる。雫はすべて計算されつくしたものなのだ。

じゅくじゅくと何かが心の中で嫌な臭いを発しているような気がする。土曜のオフィスに来るものなど私以外に誰も居ない。窓のすぐ下にある道路には車が途切れることなく走り去っていく。恋人は、今頃なにをしているのだろう。だだっ広いオフィスでそんなことを考えるのは、一体どうしてだろう。携帯電話を開いたら、「不在着信あり」と表示されている。

立ち上がって首を伸ばす。温かい湯が首筋を流れる。太ももには血が流れる。血の塊は排水溝に吸い込まれる。耳からも水が出て鼻からも水が出て、太ももはそのうち真っ赤になって、足の親指に血がこびりつく。鏡をのぞいてみたら、そこには知らない女の顔があった。

恋人の電話番号を表示させ受話器をあげたら、すぐに恋人の声がした。
もしもし?と聞くと、
どうした?と答えた。
仕事が進まないの、と言うと、
そういうときもあるよ、と答えた。

保存もせずに画面を閉じた。シャットアウトしていますと、画面に表示され、やがて、ぷつりと言ってパソコンは真っ暗になった。
太ももの内側から外側にかけて、爪で引っ掻いた跡が出来ていた。
真っ赤な爪の跡。

結婚してよ、と言うと、
どうしたの?と笑って答えた。
男の人は、誰だって、私が「結婚してよ」と言うと冗談に任せて笑い飛ばす。そんなにみんな私のことが嫌いなのだろうか。
本気で言ってるのよ、と言ったら、
じゃあ、本当に結婚してくれるんだね?と答えた。
やっぱり結婚なんてしない、と思った。

ベッドに入ったら、恋人が優しく私の腹を撫でた。
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