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2004年09月20日(月)  揺れる草原を見ながら考える
ホルストの「惑星」を聴いている。シカゴオケの演奏だ。
最近は、童謡やクラシックの曲をポップスがカバーするのが流行っているみたいで、惑星の木星(ジュピター)をいまや知らない人はいないと思う。
“もしも”の話は、現実を超越した夢のまた夢の話しになるけど、私がもし、音大を卒業した後プロになれていたら、シカゴオケに入りたかった。ヨーロッパのオケも好きだけど、金管奏者ならシカゴも憧れのオケだ。
先日、Blast!というマーチングバンドをショー化させたパフォーマンスを観てきた。ラベルのボレロを金管と打楽器の編曲した演奏を聴いた。金管楽器のキラキラした音とパフォーマーの動きと光の演出で、体が動きそうになるほど気持ちいい演奏だった。
つい最近、ストックホルムのオケがチャイコフスキーの5番を演奏しているのを聴いた。指揮者の振る棒にあわせて弦楽器の弓が上下するたび、それが風に揺れる草原みたいに見えた。

このオケのここがいいよねとか、この奏者のこのハイトーンすごいよねとか、この曲のこの動きって気持ちいいよねとか、この空気って不思議だよねとか、その言葉で表せないクラシックの微妙さや気持ちよさを、私は誰とも共感できなくてもどかしい思いを抱えてしまっている。

もう、あまり私の周りにクラシックの気持ちよさを一緒に興奮してくれる人はいない。

音大を卒業して、そのまま音楽の道には進まないと決めたのは私自身だ。音大時代のある友だちは私と道を違えてプロを目指している。もう彼らと私との道が、今後交じり合うことなど一切ない。久しぶりに連絡をとって居酒屋に行く以外は、もう彼らと交差することもなく、だから同じ曲を同じ板の上で同じ空間で音を交わらせることもない。
それを決めたのは、私自身である。
音大のころの先生にいろんなことを教わった。正しいことを仰ぐために先生は存在し、私にとっていくつも存在するクラシック曲への入り口が先生であった。初めて聴きにいったオケの曲で、「ここがすごかった」とか「あんなの、真似てみたい」だとか、けれど、もうそんな興奮を聞いてくれる先生もいない。

もう関わることもないとわかっていて、私は音楽とは違うことを選んだ。
その行為は、「逃げた」ともいえるし、「捨てた」とも言える。どちらも間違ってはおらず、私は肯定する。
本気でプロを目指す努力などしてこなかった。
本気でやり遂げられるなんて思ってなどいなかった。
「プロになりたいです」となんの抵抗も無く言える同級生達が羨ましかった。
私は口が裂けても「プロになる」などとは言わなかった。
言えなかったし、言いたくもなかった。
私のプロへの憧れは、子供が「大人になったらケーキ屋になる」なんていう憧れと同等のものにも思えたし、それはとてもおこがましいことのようにも思えた。

でも、本当はプロになりたかった。どこかのプロのオケにのりたかった。
目指すべき方向を仲間と同じにして、苦しいことも辛いことも嬉しいことも分かち合うはずだった。いくつもオーディションを受けて、毎日数時間も練習して、いろんな音楽家と交流を持って、そんなプロの目指し方をしたかった。

私は、あのころ真剣さが足りなかった。
目の前にある楽譜にだけ心を奪われて、将来を真剣になど考えなかった。
私は、けして出来の悪い生徒ではなかったはずだ。充分に先生に期待され、充分に先にプロになった先輩から目をかけられていたはずなのに。
けれど、自分が持っていたテクニックとか、感性とか、そういうものを検討する以前に、私には目指す真剣さが足りていなくて、そしてきっと私は脱落者なのだろうと思う。
周りの期待を裏切り、そして私は自分の憧れさえも裏切ったのだ。

クラシックを聴いて感動した気持ちを持て余す瞬間、共有できる仲間がいないことにふとした淋しさを感じる。けれど、そのあとこう思いなおす。あのとき仲間から離れて行ったのは自分自身だったじゃないかと。

私はどれほどの真剣さが必要だったのだろう。どれほどの真剣さがあれば、私は私自身にプロを目指す許可をしたのだろう。私はどれだけあのころ、自分自身を苦しめてしまったのだろう。
いま考えても、正しい答えは出てこない。
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