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2004年08月30日(月)  キリエ・エレイソン
水曜の1時限目だったことを覚えている。
大学のときの水曜の1時限目は、合唱の授業だった。
私は、1時限目に間に合うように起きるのが、とても苦手だったので、よく覚えている。
水曜の朝はとても憂鬱だったのを覚えている。

私の通う音楽大学にはふたつの講堂があって、古いほうの講堂で水曜の朝9時前に女声の合唱の授業が行われる。古い木の匂いが立ち込めていて少し埃も舞っていた。中二階の窓から光が差し込んできて、神様の階段がいくつも見えた。教会のような厳粛さを感じるときもあれば、付属高校の高校生たちが体育の授業を行うときもある。
床にすえつけられた木の長椅子に私たちは順番に腰掛け、声楽の教授が来るのを待つ。

キリエ・エレイソン、主よ憐れみたまえと私たちは賛美歌を歌う。

長椅子の列の前に置かれたグランドピアノに向かい、教授はピアノを弾く。生徒はみんなコピーされた楽譜を手に立ち上がり、声を合わせてキリエ・エレイソンとそればかり繰り返す。
そんな歌声を、私はとても客観的に見ている。
みんなが立ち上がって歌うときも、何度も同じフレーズを繰り返して練習するときも、私は腰掛けたままじっとして耳を澄ます。キリエ・エレイソンキリエ・エレイソン、ただその歌声にじっと耳を澄ます。
体が静かに宙へ舞い上がるような錯覚がする。
講堂の中いっぱいに彼女たちの歌声が飽和して、神様の階段がきらきら光っていた。
その風景がとても気持ち良かった。
彼女らはキリスト信者でもなく、教会でイエスやマリアに祈ったことさえないのに、主よ憐れみたまえと歌う。私は、その祈りをただ客観的に聴いているのだ。
とても幻想的な気分になった。

水曜の朝、毎週、私はそんな時間を過ごしていた。大学生のころだ。

朝9時のまだ寝足りない気持ちを彷徨いながらも、キリエ・エレイソンと、ただじっと座ったままその歌声に耳を傾けて静寂を感じていた。


キリエ・エレイソンと歌うその歌を、さっきふと思い出した。
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