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2004年08月13日(金)  理想の自分
たまに嫌な気持ちになることがある。
でも考えてみると、その嫌な気持ちになるようにした元々の原因は自分自身の中にある。

「周りの人間から見た自分」
「本来の自分」
「理想の自分」
これが大きくかけ離れている。
ここで言いたいのは、自分が周りの人間に「こう見られたい」とか、「どう思われているのか気になる」という話ではない。はっと気づいたとき、たとえば周りの人間からの何気ない一言に、私の中の私という人間と、周りから見られている私という人間に大きな隔たりを感じることがある、という話しだ。

私の理想はとても高い。
とても高潔で、だからそれは非現実的なんだと思う。
非現実的なくせに、私をそれを必死に追いかけようとする。なんのために?
最近、なんのためにその理想を追いかけるのか段々はっきりとしてきた。
それは、自分が「こうありたい」為ではなく、周りから「こう見られたい」と思っているからではないだろうか。周りから見られたい「自分」というのが、それこそ「理想の自分」ということではないだろうか。
他人から見た自分の話しを聞かされることがある。それはあまりにも「理想の自分」とはかけ離れたもので、しかも自分の意図することともだいぶかけ離れていることもある。そういうときは本当にがっかりするし、少し嫌な気分になることもある。うまく相手に伝わらなかったことや、まだ自分が「理想」の部分からかけ離れている場所に立っていることに。

私は、周りの人間の目を意識しているのだろうか。
そういう生き方は絶対に嫌だ。
格好悪いとさえ思っているし、アホらしいと思う。
けれど、やはりそうやって「周りの目を気にするなんて格好悪い」と思う部分が、私の理想の高さやプライドの高さや、それこそが「周りの目を気にしている」姿なんだろうか。

そう思うと、私はとっても嫌な人間になってしまったと思う。
理想の自分に酔って、垣間見た現実にショックを受けている、嫌な人間だ。
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