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2004年07月30日(金)  7月終わりざますっ
終わった。やっと終わった。しんどかった。7月の仕事は本当にしんどかった。
いろいろと考えた。計画して、試されて、期待されて、走ってみて、踏ん張って、ひっくり返して、また省みる。

今月から、会社が新しい事業に挑戦をする計画をたてて、まだ実験段階ではあるけれどそのプロジェクトに参加させてもらうことになった。そのプロジェクトの中で私は、社歴も年齢も一番下。十年以上もキャリアのある人と対等に仕事をさせてもらえて、とてもいいチャンスに恵まれたと思っている。今までの仕事は、自分ひとりで完結することが出来たし、ほとんどすべてが個人プレーな仕事と言っても過言じゃない。ひとりで計画してひとりで交渉してひとりで契約をまとめてひとりでフォローをする。困ったことがあったら先輩や上司に相談して、事務作業はアシスタントに手伝ってもらって、そんな感じの毎日だったけれど、こんかい加えてもらった仕事は、企画課の人たちや専門的な課の人たち、口もきいたこともなかった別の事業部の営業マンたちと一緒に仕事をすることが出来て、とっても楽しかった。
まだまだこの仕事は続く。来月は今月よりももっともっと忙しいものになってくる。

月末を終えて、残務処理をしていた夜のオフィスで私の上司と話す機会があった。

上司から見れば、私は十分に頑張ったし、十分にやってくれたと思えるのだろう。何度も「十分にやったよ」と上司は言った。
でも、本当の私はいろんな新しいことを始める上で、やはり様々なことに悩んだしぶつかったし、へこんだこともあった。「楽しかった、仕事の中で新鮮な発見をした」という爽快感と「まだまだ自分は足らない、どうして私はこんなことも出来ないんだろう」とへこむ気持ちが半分ずつ。けれど上司は、そんな私を「そこまで考えなくてもいいんだよ。」と言う。「今の君にとっては今ぐらいの成果で、十分頑張っているほうなんだから」。私は合格点はとっているのだろうけれど、やはり抜きん出ているわけではないのだろう。
もっとこうしたかった、もっとこうやれば良かったと自分で思っていても、他人の期待はそれ以下の場合もある。上司の言葉は無意識で他意はないのだろうけれど、私はそれほど期待されていないのだろうかと、少し考えてしまった。

評価は気になる。
それはなにか目に見える評価が欲しいとか、肩書きが欲しいとか、給料をあげろとか、そういう具体的なことではない。誰かに期待されたいし、そして何より褒められたい。いまはその通り、みんなは私を褒める。でも私はそれは違うと思う。もっともっと私が“出来るよう”にならなければ、いま褒められたとしても嬉しいとは思えない。
そうだ、私は私に褒められたいのだ。自分自身が設けた自分自身のためのハードルを越え切って、そして私自身に私は褒められたいのだ。

実は、少し落ち込んでいる。いまの自分に落ち込んでいる。この一ヶ月の自分の「出来なさ」程度にとてもがっかりしている。肩に力が入っているのかもしれないけれど、もっとこうしたいという期待は、少しも消えることはない。


あー、もうちょっと気楽に仕事したいなー。考えすぎだよ、自分。まぁいいじゃないか、来月頑張ろうよ、自分。落ち込んでる場合じゃないよ、自分。あー、力抜いてがんばろーっと。
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