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| 2004年07月25日(日) 非セックス |
| 最近、仕事以外の時間は恋愛とセックスのことばかり考えている。 暗い部屋で窓に映る自分の姿を見ていた。ベッドに横になった自分の姿を見つめている。シャワーを浴びた恋人が、短い髪の毛にバスタオルを擦りつけながら煙草に手を伸ばしていた。その姿も窓に映る。 私の肩幅は広い。腰も張っている。その隆起している影が窓に映っている。眠気にまどろみたくなる。涼しい風がカーテンを揺らした。恋人が立ち上がりTシャツを着た。ベッドの端にこしかけて私を振り返った。私は恋人に背を向けたまま、窓に映る彼を見ていた。 恋人の指がゆっくりと太ももをさする。出っ張った腰を撫でて何度かウエストを掴んだ。そのまま二の腕に指を滑らせて肩の骨を強く押す。 飽きもせず単純な遊びをひとりで楽しむ子供のように、恋人は太ももから肩にかけて指で撫でる。その表情は暗い部屋の中ではよく見ることは出来ない。肌をこする音しか聞こえない。こんなとき、私はただ人形のようにじっと恋人の姿を見ている。抵抗することもなく、かといって恋人の首に手を回すことをしない。ただセックスをするよりも、こうやって自分を撫でる恋人の姿を眺めているほうが、いくらか性的だと思う。 他の人たちはセックスをどんなふうに捉えているのだろう。 恋人同士のセックスをどんなうふうに捉えているのだろう。 恋愛とセックスについてどんなふうに結び付けて考えているのだろう。 以前の恋人が、僕のセックスには相手が誰であろうとセックスそのものに個性がないと言った。セックスはすべて画一的に思えると。そのあと、いやその以前からかもしれないけれど、どれだけ私が願っても私たちはそれほどセックスをすることもなく恋愛は終わった。その彼にとって、そのときのセックスの相手は私であり、そしてきっと私とのセックスも、“私”を意識したセックスではなかったということだろう。 ショックと言えばそうかもしれないし、傷ついたと言えばそうかもしれない。 セックスなんてそんなものじゃないのとも強がってみたし、彼のその言葉を聞いた後で私は一体、どんな顔をして彼と向き合えばいいのか途方に暮れた。 私はこれからセックスと恋愛をどんなふうにして考えればいいのだろう。 ふと、そう思う。 セックスをしているときに、この恋人はセックスをどんなふうに考えているのだろうとふと思う。でも、それを聞く勇気はない。傷つきたくないからだし、理解できなかったときの悲しさを味わいたくないから。けれど、聞いてみて一体どうなるというのか。恋人がセックスをどんなふうに思っているからといってそれが一体何になるのか。私たちの関係は終わってしまうのか。気持ちは失せてしまうのか。 以前、とても好きだった人が、その人は恋人もいたのにいろんな女性と遊びまわっている人だったけれど、その彼が私にセックスを深刻に考えてはいけないと言った。セックスは男女が向き合う時間の中のオプショナル的なものでただ快楽さえ得られれば、他には大切な要素などないと言った。そのときの私は、その彼の考えに近いものをもっていて、セックスとたとえば恋愛を充分に切り離して考えることが出来た。それでも幾度かその彼とセックスをするたびに、今のこのセックスは彼の言葉どおりに考えるとすれば、何の意味も深刻さもない空虚なものなんだと気づいた。この彼とのセックスに重さがないとわかったとき、私は泣き叫びたい気持ちになった。 そんなことを考えていると、セックスは嫌悪すべきもののように思えてくる。 性と恋愛は違う。 性は、セックスを画一的なものにしてただの快楽を求めるもののように思える。そこには恋愛感情とか愛情とか少しも混ざってはいないように感じる。 そんなふうに考えることは間違いだろうか。 今の私はセックスと恋愛を充分に切り離して考えることなど出来なくなってしまった。 暗い部屋で、窓越しに恋人の姿を眺める。それはとても性的なことに思える。 私の体に触れていた恋人が、やがて唇で触れ始める。性に惑わされる自分がとても愚かな人間に思えた。 セックスは嫌悪すべきものなのかもしれない。 とても泣きたくなった。 |
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