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2004年07月09日(金)  自転車で駆ける
金曜日。
0時過ぎに部屋を片付けたり、洋服をたたんだり、お米を研いだり、シャンプーの補充をしたりして、30分くらいを過ごした。ちょうど2時間くらい前、私は確かにこの部屋で恋人と仲良くドラマを見ていたのに、なぜか今はひとりでいる。

他愛もないといえば他愛もないとは思う。私はべつに間違ったことを言ったつもりはなかったし、感情的にもなってなかった。気に障るようなことも言った覚えはなかったけれど、ちょうど30分前、恋人は部屋から出て行った。

彼は、恋人としては、とても純粋な人だ。純粋すぎるほど純粋で、だからきっと森の中の木しか見えていなかったのだと思う。けれどそれは悪いことではない。私だってそんなときはあるから。仕事をしているときの彼は、厳しくて怖くていつも冷静で彼の後輩たちはいつもビクビクしながら彼に話しかけるというのに、恋人とケンカをしてへそを曲げて部屋を出て行くなんていう、子供っぽい側面を彼が持っているとは職場の人たちは誰も想像できないだろうなぁと、ひとり台所に立ってほくそえんだりする。ちょうど3ヶ月前、仕事中の彼に出会った日のことを思い返した。

追いかければよかったのかもしれない。彼は、「今日はやっぱり家に帰る」と言っていた。でも、私はたぶんまだ彼はこの近所のどこかにいるような気がしてならない。コンビニで立ち読みをしているか、どこかのお店に入ってビールを飲んでいるか。私は悲しくはなかった。まだ家に帰っていないと予感したからではない。はじめてケンカをしたことに、不思議な清々しさを感じていたからだ。迎えに行くべきかもしれない。待っているのかもしれない。ちょうど一週間前、渋谷の駅で酔った私を彼が迎えに来てくれたように、今日は私が探しに行く番なのかも知れない。

生暖かい風が重たく私を撫でる。夜中に自転車で駆けることは気持ちが良い。誰も居ない夜道をただ坂を上ったり下ったりしながら、街灯に集まった虫を見上げながら、夏という季節はどうしてこんなに開放的なんだろうと思う。当りをつけている店は3軒ほどある。私と彼で何度か行った店だ。さっき寄ったコンビニには立ち読みの客はひとりもいなかった。JRの駅を通り過ぎて1軒、地下鉄の駅まで走って2軒。最後、駅の裏側の店に入ってみる。「もしかして、お待ち合わせですか」と若い店員が話しかけてきた。この店はさっき行ってみた店より、遥かに静かだったのできっと彼はここにいるだろうと予感した。店員は、彼と私のことを覚えていたようで「お連れ様でしたら、ちょうど5分前にお帰りになりました」と言った。

えっちらこっちらと、坂をのぼる。途中で諦めて自転車からおりた。もう電車は動いていない。タクシーで帰るのに気が進まないほど彼の家は遠くない。もしかしてやっぱり帰ったのだろうかと思いなおした頃、ちょうど向こうの街灯の下に人影を見つけた。ゆっくりゆっくり歩いている。


「もし、迎えに来なかったらどうしてたの?」と聞いたら、「迎えに来てくれるなんて思ってなかったよ」と笑って恋人は答えた。私はそんなに優しくない恋人として彼には思われているのだろうか。少し淋しくなった。すごく探したんだよと言うと、どうやって謝ろうか考えていたと言った。

私は、その気持ちだけで充分だと思った。
彼は、私にとって充分すぎる人だとも思った。
私が先に謝ったら、彼が笑った。
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