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2004年07月10日(土)  ぼんやりとした記憶
恋人が音楽家だからといって、毎日クラシックを聴かされたり退屈な音楽史を延々と聞かされるわけではない。たまに練習中に話しかけると叱られたり、演奏会が近くなるとかまって貰えなくなるけれど、それはサラリーマンの恋人であっても、仕事中の忙しいときにかまって貰えなくなるのは同じだろう。

音楽家の家にはグランドピアノが置いてあって楽譜がそこら中に散らばっている。それだけはサラリーマンの家と異なるところだろう。ひんやりとしたフローリングに寝そべり、私は彼がいくどもペダルを踏みかえるのを見ていた。暑くて風のない日はそうやってひんやりと黒光るピアノを眺め、涼しいピアノの音を聴き、冷たいフローリングに頬をつけて彼の足元ばかりを見つめていた。
不規則に、けれども指の動きにあわせて彼の右足は器用にペダルを踏みかえる。

私が彼に弾いてとよくせがむ曲は、ショパンの「英雄ポロネーズ」だった。

私は大学生の頃、半年近くの時間を実家で過ごしていたことがある。
前期の講義をすべて休んで帰省していた。病気になったからだ。入院はしなかったけれど通院しながら休養をしなければいけなかった。両親が心配して実家近くの病院に行くことを勧めた。
音楽家の恋人にさよならを告げて、私は静かな田舎の町に戻った。
なにもない毎日、一向によくならない体、静か過ぎる街、退屈な時間、両親の不仲、息の詰まる家族、自分自身をひどく呪った。じっとりとした気持ちの悪い汗をかいているような、そんな気分の毎日だった。


音楽家の恋人は、本当に私の恋人だったろうか。
側には置いてはくれたものの、私たちには一緒に過ごすこと以上のものが何もなかった。好きだという言葉もセックスもなにもなにもなかった。僕みたいな人間を好きにならないほうが君のためだと言いながら、彼は私が側にいることを拒まなかった。そして、私が他の男性と遊びに行くことも嫌がらなかった。彼の何もかもがわからなかった。
確かな唯一のものは私が彼を好きだということだけだった。不毛な恋をしているのだろうかと何度も考え直そうと思った。他に好きな人がいるのかと彼に何度も聞いた。私のことを何とも思っていないのかと何度も聞いた。好きだと言って欲しいと何度も懇願した。けれど、私の気持ちはいつになっても彼に受け止められることはなかった。

彼の家の前にある坂道を、私は振り返りながら駅へと歩く。彼はずっとそんな私を見つめている。振り返ると彼はまだそこにいて、また振り返ると彼は手を振っていた。また振り返っても彼は手をおろしてずっと私を見ている。私が笑顔で手を振ると彼も手を振り返すけれど、その顔はどこか淋しそうだった。だから私は、たとえ私を受け止めてくれないとしても彼の側を離れることが出来なかった。彼の本心は一体どんな表情に表れるんだろうって、それをずっと知りたかった。手を振る悲しそうな彼の顔がずっとずっと引っかかっていた。悲しく見えた彼の顔は、けして私の都合のいい解釈ではなかったはずだ。


必ず毎晩、彼は私に電話をした。
静かな田舎の夜に響く携帯の着メロは、その日一日中私が待ち焦がれていたものだ。
私はもう、会いたいとは言わなかった。好きだと言ってくれと懇願もしなかった。ただただ、彼の話す言葉を聞くことだけが、その日一日中私が待ち焦がれていたものだった。私はいま、この狭い部屋に、退屈な街に閉じ込められている。受話器から聞こえてくる彼の話しが、思い憧れる外の世界のおとぎ話に聞こえた。閉じ込められている私には、遠い夢のような話。

受話器から聴こえてくる英雄は、少しくぐもって聞こえた。少し悲しく聴こえた。
悲しいの?と彼に聞いたら、悲しいよと答えた。
弾き手が悲しければ、いくら楽しい音楽だって悲しく聞こえてしまうものだ。
もう一度、悲しいの?って聞いたら、彼は一度沈黙をおいて、悲しいよと答えた。
彼は、受話器の向こうで泣いていたのかもしれない。
私には、泣いているのかどうか彼に聞いたところで、何もしてあげられない。

東京から遠く離れて私は過ごした。
まだ、東京には帰れそうもなく、そして彼の外国行きの話は現実味を帯びてきて、もう彼の側にはいられなくなるんだろうなと、ただぼんやりと私は感じていた。


あのときの彼は、本当に泣いていたのだろうか。
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