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| 2004年06月15日(火) 生きていくのが怖いという不安 |
| 私は、この2月から4月までのあいだ、入院をしていました。 どんな病気で入院をしたのか、それは特にたいした問題ではありません。すぐ治ることもあるし、一生付き合っていかなければいけない病気かもしれない。ある本には、「周りの理解を得ながら、一生付き合っていく病気だ」とも書いてあったし、「風邪をひくように、発作的に症状が出ることもあればまったく健康でいられることもある」とも書いてあった。だから、病気の内容は私にとっては大きな問題ではないのです。 そして、はっきりとここで確かにいえることは、私の病気は死に関わる病気だということではないということ。だからこそ、私がどんな種類の病気なのかは、たいした問題ではないのです。 一番の問題は、「入院をした」ということでした。 入院をするということは、その期間は今までの生活のすべてをストップさせなければいけなくなるからです。特に仕事。私にとっては、大事な時期でもありました。それを入院したおかげで誰かほかの人に委ねなければいけなくなってしまったのです。屈辱でした。仕事が社会だとすれば、私は入院をすることによって、社会から置いてけぼりにされたような気になったのです。それが一番怖かった。それが一番悔しくて、辛かったことです。 病院の中にいると、気がどんどんと暗くなるような気がします。 当たり前ですが、とにかく周りの人間はすべて病人なのです。陰鬱とした雰囲気とすえた匂いと、それから事務的に処置をしていく看護スタッフばかりでした。そこにずっとい続けるということは、私にとっては社会から断絶された世界に身を置いていることと同じです。輪をかけて悔しくて辛かった。 とにかく、病院にいるけれど病院と関わりあうことを避けました。 病室で、ひとりでテレビを見て新聞を読んで本を読み、異母兄と話し、そして一日が終わる。他の患者と口を聞くこともなければ、看護士と病気についての話をすることもなく、なるだけ自分の身を「病気の世界」に近づけたくなかったのです。 自分が病気で入院したというのに。 出来るだけ、すぐ元の生活に戻れるよう、自分の気持ちを社会の近くに置いておきたかった。 何をそれほど焦っていたのか、どうしてそれほど社会から離れることを怖がっていたのか。 たぶん、それは私がまだ「仕事」にたいして多くの期待をしているからであり、「仕事」にたいして余裕が持てるほどの自身の経験もなく、自信もなく、そして「仕事」にたいして出来るだけの理想を持っていたからです。たとえ、「仕事」が私を必要としなくても、私が私であるために「仕事」が必要だったのです。 それから、入院中はいろいろな人のことを思いました。それは母であり父であり、そして異母兄である、私の家族のことです。私が病気になったことで、家族に不幸を呼んでしまったと自分を責めたり、家族のせいで自分が病気になったんだと誰かを責める思いもしました。恋人のことを思い、友達のことを思い、これまで出会った様々な人のことを思い返し、いっそこのままどこかに行ってしまいたいと思ったこともありました。 自分が自分であることを放棄したくもなったのです。 私は、病院の中でずっとひとりでいました。 それを自分で望んだのです。閉鎖された病院に自分を置くことを拒否し、社会へ戻れたとしてもどうやって過ごしていけるのか想像も出来ず、たとえ退院したとしてもどこへ行っていいのか、何をしていいのか、途方にも暮れていました。そんな気持ちをずっと感じていました。 そんな私にたいして、軸になった人間がいました。 私となにかを結ぶ軸であり、私が何かを見つめるための軸であり、私が何かに気づくための軸でもある人でした。それは、私の主治医でした。とにかく、彼は辛抱強く私を待ちました。どれだけ、私が嫌がろうとも泣き叫ぼうとも、彼は微動だにすることもなくずっと私を待ち続けたのです。 奇跡が起きて私が主治医に心を開き始めたとか、特効薬が見つかって徐々に体調がよくなったとか、そんな目に見える回復はなかったけれど、約2ヶ月の入院期間は私にとってとても不思議な時間になりました。私はよく、心の中でいろんなことを逡巡と考える性格ですが、あれほどいろんなことに悩んで考えて巡り巡ったことはなかった。傷に塩を揉み込むように自分を傷つけたかったし、誰かを殴りつけたくなるような怒りも感じたし、終わりのない涙ばかりを流したし、あれほど一人でいることを切に願ったことはなかった。そして、あれほど一人で様々なことを考えた時間は今までになかった。 とても苦しく、ひどく自分を責めた時でした。 退院して仕事に戻れた今、思うことがあります。 今の私も、あのときの私も、紙一重の存在なのだということです。 ふとした瞬間に、入院していた頃の不安定さを思い出すこともある。二度とあれほど苦しい思いをしたくないと願っていても、時どきふと一瞬にしてその苦しい世界に引き戻されるような気がしてしまう。慌てて薬を飲んで自分を維持しようと思っても、蘇った苦しさに動悸がしてしまうこともあります。たまに、そんな自分を客観的に見て苦笑がもれてしまう。けれど、不安定にもがき苦しむ自分も、今こうして社会の一部になって活き活きと仕事をしている自分も、どれも紙一重で危なっかしく感じてしまうのです。「仕事」が自分のアイデンティティだと信じて止まなかったことが、決して「仕事」に戻ったことで思い描いていた自分になったということではないと気づいたのです。「仕事」は私を形成しない。 だったら、私が私であるために、私は何をするのが一番いいのだろう。 私は、これからどんな風に生きていけばいいのだろう。 それは、私個人的な問題だけれど、ひどく誰かに助けて欲しくなる。 それは、淋しいのかもしれないし、ただ人恋しいのかもしれない。 やはり、私は一生、そんな不安定さに付き纏われて生きるのかもしれません。 落とし穴は、すぐそこに。気を抜けばすぐ落ちる。 落ちるのは怖ろしく、二度と這い上がれない。 私は、ひどく怖ろしい気がします。 生きていくのに、そんな怖ろしさを背に生きていく必要があるのでしょうか。 私は、これからどんな風に生きていけばいいのだろう。 どんな風に振舞って、何を選んで、どの道を行けばいいのだろう。 ふと、そんな不安が頭をもたげます。 私にとって問題は、病気になったことではない。 病気になったことで感じた不安と、どう過ごせばよいのかということ。 入院して感じた、自分の身の危なっかしさや生きることの怖ろしさを、私はこれから一体どんな風に克服していけばいいのか。答えはすぐ見つからなくても、いつかはたどり着ければいいと思う。 その方法や、答えの形は、まったく思いつかないけれど、いつかはあるのだと信じなければ、私は明日も生きていけない。 いつか、その答えがわかるときが来れば、 私は私を許すことが出来るのかもしれない。 |
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