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2004年06月06日(日)  恋人の香り
雨の日の夜は、部屋を暗くしてクラシックのCDを聴くことにしている。
健康的な過ごし方かどうかは別として。

掃除したてのカーペットの上に転がって、流れるピアノの音にあわせて鍵盤を弾く真似をしてみる。どこかで解けた氷がグラスの中でカランと鳴っている気がした。カーテンを開けた窓には、雨の雫が数え切れないほどのストライプを描いている。静かで幸福な時間だ。

パチンと恋人が部屋の電気をつけた。私は、音楽を聴いているのだから部屋は暗くしてくれと抗議する。彼は素直に受け入れ、再び部屋の電気を消した。これから来る夏のために、彼は最近髪の毛を短く散発した。バスタオルで数回拭けばすぐに乾いてしまうほどの短さだ。その手軽さが羨ましくて、私も髪の毛を短くしようかと思う。
彼の首からはボディシャンプーの香がした。

私の恋人は、よく私を驚かせるし、感心もさせる。
漠然としてもやもやした私の気持ちを、敏感に感じとって整理をすることが出来る。
ときには、私が思いもしなかった私自身を彼の客観的な視点から知らされることもある。
そして、一番の好情は静かな沈黙を共有できる相手でもある。
それは、誰にでも出来そうなことだけれど、誰にでも出来ることではない。

彼は頭がよく、合理主義者と言われることが多い。
誰も気にも留めないようなことにもずっと興味を持ち追求していくかと思えば、たまに大胆にも不要なものは削いでいく瞬時の判断力も持っている。決めたら情熱的にそれに没頭していく。純粋な子供のように物事に熱中する人が合理的な考えを好むだろうか。むしろ、理性を超えたものを追いかけたがっているようにしか思えない。本当の合理主義者はいつもメガネをかけて、レンズの向こうの目を鋭く光らせているけれど、彼は春しかメガネをかけない。だから、彼は合理主義者とは違うと、私は思っている。

彼には彼の世界があって、私にも雨の日には部屋を暗くしてクラシックを聴きながら没頭したくなるような自分の世界がある。それが別々に存在して相手を邪魔しないような適度な距離感をもつこともあれば、たとえばこんな風に一緒にクラシックを聴くように相手の世界に足を踏み入れることもある。二人の世界がシンクロすることだってあるし、私が彼の世界にお邪魔することもある。
自分以外の人間の世界へ自分をひたしたり、誰かを自分の世界へ招くことを不快に思わないことこそが相手への好意だと思える。

私が彼を好きだから。私が彼を好きだということを自分自身で納得しているから。
私が彼に対して最も驚くことは、かつてこれほど私のことを抱きしめてくれた人が彼以外に思い当たらないということだ。とても不思議な思いがしたけれど、とても合点のいく新鮮な発見だとも思えた。


彼の首からはいい香りがした。
夏になったら柑橘系のボディシャンプーに変えようと思った。
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