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2004年06月05日(土)  働くキャリア
自分の仕事のキャリアを考える。

これからどうしたいのか、どうありたいのか、何を目指すのか。
具体的な目標が、私にはあるのだろうか。
ない、かもしれない。
何をしていきたいのかと聞かれれば、「人材業界で営業」をしていきたいと思っている。それだけはぶれない軸としてある。でも、40歳になって50歳になってもそれだけの軸を持ち続けるのは難しいのではないだろうか。
営業のノウハウを学びコネクションをつくって、何をするのだろう。私には、吸収する力や機会があったとしても、それを活かす具体的な目標がないのではないだろうか。
自分の会社をつくり、もっと多くの人に働く場を提供する?
世の中へ新しい働き方や雇用の仕方を提案する?
働くことがもっと豊かになるシステムを作る?
現在の日本の労働力を新しいエネルギーに変える方法を研究する?
どれも具体的ではなく、どれも興味が浮かばない。

何をしていきたいのか、どうなりたいのか。
中期的な計画はあっても、長い目で考えたら定まった目標がないということはなんとも不安な気持ちになってしまう。

食べていくために仕事をすることと、したいことを仕事にすることは違う。
出来るかどうかは別として、やりたい仕事をしていきたいと思う。
私たちの世代は、「好きなことを仕事にする」という考えの下で育ってきた。
父や母の世代であれば、「安定した生活をするために仕事を選ぶ」という考えでいる。
好きでも何でもないことを仕事にするくらいなら、働きたくもない。そう思う。たとえば、結婚してどんなに裕福な生活が送れたとしても私は働くことを辞めない。だからこそ、ぶれさせたくはない軸を持ち続けていきたい。そして出来ればもっと長い目で考えられる具体的な将来を描きたい。

最近、会社から私の仕事に対する新しい提案を受けた。
いくつか選択肢のある提案だ。私のやりたいことを選んでいいと言う。
もちろん、会社は私の将来に無謀な賭けをしているわけではない。会社の損益と私の損益が重なる場合があれば、提案を受け入れても構わないよ、というスタンスだ。
私はそれをチャンスだと思う。
本当は、既に心の中で何を選ぶのか決まってはいるけれど、心のどこかでもっと長期的な目で考えて決断しなくてはいけないと、信号が点滅している。
会社への回答日はもうすぐだ。

なんだか、こうやって書いてみると私は何も考えずに仕事をしているのではないだろうかと思う。今日や明日や今週、来月のことくらいしか考えていない。ちゃんと考えなくてはいけないのに。遠くへ向けてちゃんとベクトルを定めなければいけないのに。

つまらない生き方をしているなあ、私。
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