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2004年05月11日(火)  棲家
今日は夏日になると朝のニュースで言ってた。
とても陽射しが強くて、服が背中にぴたりと張り付いているのを感じる。
バス停の近くには日陰がない。
どこにも逃げ場がなくて私はずっとそこに立ってバスが来るのを待つしかなかった。
それは仕方がないことだった。

ようやく緑色のバスが来て私はようやく暑さから解放されることになる。
ドアが開いて私はステップを上る。200円払って車内を振り返った。
発車しますと運転手が事務的に言った。
乗客はひとりもいなかった。けれど、彼はそこにいた。

一番後ろの長い座席の真ん中。
ダブついたジーンズをはいてだらりと足を広げている。
髪の毛は赤に近い茶色で、耳にはピアスが光っている。
彼はこちらを真っ直ぐ見つめている。

私より年下に見えるけれど、だからきっと彼は私と同じ歳くらいなんだろう。
男の子は、いつもいつもその外見は幼く見えるから。

一歩足を運んで、私は彼から少し距離をとった座席に座った。
そっと彼の許しを乞うように怒りをかわないように静かに座った。

彼はきっと運転手の男には見えない。
彼はずっとこのバスの中の空間を支配していて、私にしか見えない。
彼はこのバスに乗ってくる人たちを品定めをするかのような目で見る。
彼はバスが安全に走るのを妨害する人間がいないか見張っている。
あの後ろの座席に座って、バスの中をいつもいつも見渡しているんだ。

彼は幼いころ、バスが大好きだったそうだ。バスの運転手に憧れてきっと大人になったらバスの運転手になろうと心に決めていた。けれど、小学校に入る前、あの交差点で左折してくるバスに轢かれて死んじゃったんだ。バスの運転手になりたかったけれど、それも叶わないまま大人にならずに死んじゃった。

だから、彼はどこに行くこともなくずっとこうやってバスの中に座っているんだ。
バスが安全に走れるように、事故を起こさないように、それを妨害する乗客がいないか、
バスを守るためにあそこに座ってるんだ。バスに棲む男。
彼は微動だにせずじっとそこにいる。

私は彼の視線を背中に感じている。
外の陽射しはきらきらと輝いて、バスの中に不思議な影を落としている。
私は、彼に会った。悲しい過去を持つ彼を見たんだ。きっとあれはあの彼だったんだ。
私の背中にはまだ服が張り付いたままだった。
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