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| 2004年05月12日(水) 恋 |
| よく思う。 煙草をすっているとき、「死ぬまでにあと何本煙草を吸うことができるんだろう」 夜を迎えるたび、「死ぬまでにあといく晩夜を迎えることが出来るんだろう」 泣くたびに、「死ぬまでにあと何回泣けばいいんだろう」 私は限りある時間の中で生きている。いつかは死ぬ瞬間が訪れる。私はカウントダウンをし始めているのだろうか。あと何日。あといく晩。あと何回。 今日は、私にとって生まれてから9225日目だそうだ。じゃぁ、死ぬまではあと何日? あと何日で死ぬ? 自分が生きている時間は限りあるものだと、私は強く意識している。死の恐怖を知らないくせに、私は自分がいつかは死んでしまうことに納得さえしている。 生きているうちに、どれくらいの恋をするのだろう。 一体、どれくらいの男性をどんなふうに好きになるんだろう。私には好きな人がいる。私にとって特別な存在の人がいる。私にとって彼はとても大切で、かけがえのない人だ。限りある人生の中で私はこの人に出会って好きになったことを、とても幸運に思う。 今年の冬、ずっと私は泣いてばかりだったし、恋をしてしまった自分に怒ってばかりだった。だから、これ以上人を好きになるなんて馬鹿らしいと思ったし、自分は人を好きになってはいけないんじゃないかとさえ思った。私が誰かを好きになれば、不幸が広がっていくのではないかと思った。自分も相手も不幸になるばかりだと思った。でもまた、私は人を好きになった。懲りずにまた人を好きになった。忘れたわけじゃない、泣いたこと、怒っていたこと、悔しかったこと、後悔したこと、私は忘れたわけじゃないのに、それでもまた人を好きになった。 感情の中で一番強いのは「憎しみ」だと誰かが言っていた。私はそのとき確かに自分を憎しんだ。けれど別のところから恋する気持ちが沸いてきて、いつの間にか憎しみの感情は和らいだ。恋する気持ちは憎しみにも勝るのかもしれない。腕を噛み続けて自分を憎んでいたことを、自分自身で許したらほっとした気持ちになった。自分で自分を縛っていた縄をほどいたらとても楽になった。自由になる手足で自分の意志で彼の元へ歩いていったらとても幸せな気分になった。 焦ることなくゆっくりともっと深くこの人を好きになっていきたい。 もし、泣くことがあっても絶望することがあっても、人を好きになったら私はひとりだけで生きているんじゃないと思った。 死ぬまでに、と人生のゴールを意識する生き方よりも、今を大切に生きたいと思った。今のときや明日を意識して生きたい。短いスパンで物事を積み重ねていくと、とても楽に生きられる気がした。 今日は、私にとって生まれてから9225日目。彼にとっては10944日目。死ぬまであと何日と数えるより、明日は9226日目と10945日目で、明後日は9227日目と10946日目だって、考えればずっともっと楽しく過ごせる気がした。 そんなふうに思わせてくれた彼に、とても感謝する。 |
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