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| 2004年05月04日(火) 白雲の支配 |
| 母の車を借りた私たちのドライブは、2時間半の予定だった。 ロードマップはちゃんと買ってあるし、どのルートを通っていくか何度か確認したはずなのだけれど、私のナビの仕方が悪いのか、標識をどこかで見逃したのか、いつのまにか私たちは、四国カルストという標高の高い山を登る遠回りなルートを走ってしまっていた。 東京生まれで東京育ちの彼にとっては、こんな山深い場所で車を運転するのはとても怖いことだったろう。山道はくねくねとらせん状に頂上を目指し、道幅は軽自動車がやっとすれ違えるほどの幅しかなく、対向車が来れば広さに余裕のある道までどちらかがバックして、車を避けさせなければいけない。カーブミラーだけが私たちの頼りだった。 私が運転を代わっても良かったのだけれど、たぶんきっと対向車と正面衝突をするより先に、斜面からまっ逆さまに落ちてしまうか、崖に車の鼻先をぶつけてしまうだろう。彼は、絶対にそれだけはいやだと運転を代わってはくれなかった。 光がまぶしくて、これほど濃い緑色があるのかと本当に驚かされる景色だった。この色は人工ではぜったいに作れない色だろう。頂上近くの広いスペースに私たちは車を止め、少し休憩することにした。彼は、空気が美味しいとはしゃぎ、山の高さに驚いていた。ひんやりとした空気が景色を澄み渡らせているのだろう。こちらの山と同じ高さほどの山がいくつも目の前にそびえ立っている。山と山とのあいだの谷は家々が微かに見え、あんなところにある生活は、一体どういうものなのだろうかと私は想像した。足元からすぐ下は、目が眩むほどの景色が広がっている。東京生まれの彼は、田舎って空気がおいしくて美味しいものもたくさんあって静かで羨ましいなあと呟いていた。今日は、決して天気の良い日ではなかったけれど、私たちが山を眺めている時間は雲が流れて向こうの景色まで見渡せた。彼は嬉しそうに何度も深呼吸を繰り返す。空も高くて気持ちがいい。田舎育ちの私はそんな彼に、田舎はたまに帰るからこそいいものだと思うんだよ、とそっと心の中で笑った。 高い山と山とのあいだに白い雲が流れてきた。下の景色が透けて見えそうなほど薄い雲だったけれど、数分もたたない間に私たちのいる場所より少し下辺りに、その雲はどんどん流れ込んできてたちまち景色を隠した。薄い雲が何層にも重なりはじめ、空気がよりひんやりと尖ってきた。意志を持ったように雲は集まりはじめたかと思えばぶつかり合ってひとつの大きな雲になったり、弾け飛んだりしている。雲が山を支配しているのかもしれない。 そうして気づくと、それは雲海と呼べるほどの美しさを見せていた。 雲は真っ白に波を打っていた。膨らんでは引いていきそしてまた膨らんだ。 白と緑と青とがくっきりと別れて眩しく光っていた。 私たちはその風景を見られたことを幸運に思った。 私たちはそれを見ながら初めてキスをした。 雲海は数分間だけの美しさを見せ、やがて知らぬ間にどこへ消えたのか雲はそれぞれの場所へ帰っていった。自然の美しさは一瞬の幸運だからこそ神秘的に見えるのかもしれない。空気の尖りが消え、私たちはまた車を走らせた。あのとき、道を間違えずにドライブをしていたらそれは見られなかったのかもしれない。 雲が山を支配していた光景。 |
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