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2004年04月20日(火)  抱きしめる、という会話
最近、公共広告機構のCMで「抱きしめる、という会話」というものがある。

あのCMをみたとき、驚いた。
自分の子の愛し方を知らない母親に向けてCMを流しているらしい。
まずは愛し方の第一歩。それが抱きしめる、ということらしい。

え? と思ったそのCMを見た瞬間。誰だってわかることでしょう? なぜわざわざCMにまでする必要があるんだろうって、驚いた。とてもショッキングなCMだと思った。愛し方がわからないのは誰でも思うことかもしれないけど、抱きしめるってことはとても生理的なことで特にCMや広告で世間に促す必要もないんじゃないかと思ってた。
だって、抱きしめるって、たとえばお腹がすいたらご飯を食べるような行為とまったく同じ意味じゃないの。自然と抱きしめるでしょう、愛していたら。と、思っていたけれど。でも、私はぜんぜん母親の立場になったことがないから、そのCMの意味がわからないのかもしれないな。抱きしめるっていう意味がわからない人もいるのかな、ってあらためて思った。

それじゃ逆に、私と両親のあいだのことを考えてみると、そうだねやっぱり思い返してみると、わたしの母も父も私の記憶の中では、私を抱きしめていなかった気がする。ただ私が忘れているだけなのかもしれないけど。私がまだもっと幼い頃、こんなCMが流れていたら母はもっと違う育て方をしたんだろうか。

愛し方がわからないっていうのは、誰だって思っていることだろうし、ここで言えば、多分子育ての方法や母親としてのあり方がわからないとか、子供と何を話していいかわからないってことになるのかな。そんなの正解なんてないのにね。
抱きしめるってとても原始的なことだと思う。誰にも教わることのない生理的な欲求だと思う。わざわざテレビで流さなくったって誰でも自然にやってしまうことだと思うのに。
それじゃ、そのうちここのCMは「自分の腹がすいているのに、どうしたらいいかわからない。まずは冷蔵庫をあけて食べものを口にしてみよう。」とか、「まずはスーパーに出かけて野菜を選んでみよう」とかっていうのになるのかな。だって、そういうことじゃないの? このCMの言ってることって。
違うかな。

私に子供が出来たらきっと毎日抱きしめてしまうと思う。だってきっと我慢できないと思うもの。抱きしめたくってうずうずしてしまう気がする。でも、もしこういうCMを流されなければいけない理由が、「愛し方がわからない母親が増えているから」ということであれば、きっと私もそんな母親になってしまう可能性もあるだろう。理想は現実よりはるかにかけ離れているのかもしれない。そうしたら、安易に母親になることがどれだけの罪なのか、よくわかる気がする。


ちなみに、このCMはこうも言っている。
「人は愛されたことがあるから人を愛せると思う。」
とっても怖ろしい言葉だね。なんてわかったような言葉なんだろう。
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