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| 2004年04月19日(月) 満ちる音 |
| 小学校にあがる1年前から、私はピアノ教室に通っていた。ではなくて、通わされていた。 はじめは、きれいに磨かれて自分の顔を映すピアノの表面を、いつも眺めていた。だから、鍵盤に指を置くことにはさして興味もなかった。 小学校の中学年、高学年になるにつれ、年月を重ねた分だけ私はピアノを弾けるようになり、教室の発表会などでは、かならず一番最後の演奏者として弾かされるようになっていった。けれど、正直に言うとそのときの私は一切楽譜を読めないままだった。楽譜の五線を下から、ド・ミ・ソと数えなければ読めなかった。私はすべての曲を暗譜して弾くスタイルを身に付けた。 中学生になり吹奏楽部に入部してトランペットを吹くようになった。そのころ流行っていたポップスの曲や有名なクラシックを演奏した。するとたった数ヶ月で私は楽譜を読めるようになっていた。初見ですべて読めた。好きこそものの上手なれ、を身に染みて感じた気がした。 しかしながら、そのピアノ教室に10年は通ったことになるが、一切ピアノを好きだとは思えなかった。 騒がしい交差点を曲がったところに建つその家は、屋敷と言うのがぴったりなほど、外観はうっそうと茂った木に囲まれ古びた雰囲気を感じさせる。玄関のドアにはライオンのドアノックが取り付けられている。 さて、何年ぶりだろう。ここを訪れるのは。音大生の頃、よくここに来た。社会人になってからは自然と足も遠のいた。 老婆は、やはりあのころと少しも変わらず、表情もオーラも失せることなく、そこにあった。老いは、老いていくほど速さを緩め、老いの入り口に立つほど加速していくものなのだろうかと、ふと思った。部屋のデザインも家具も、あのころと比べてもそこから1ミリも動いていないように、そのままだった。 現在の私の近況を話題にして、老婆と私は相対して座った。 目の前に座る異母兄の祖母は、私のことを孫だと思ってくれているだろう。血は繋がっていないけれど。 いくつか、私が置いたままだった楽譜とメソードの教本を持ってきてくれた。 弾いていきなさい、と老婆は言って、部屋に戻った。 私は、隣の部屋に続く少し長めの廊下を歩いた。廊下から庭を眺めると小さな池が見えてきれいな花壇がその周りを取り囲んでいた。そこだけ本物の春のような景色だった。 ドアノブを握ると、少しこころが固くなった。 開くと、そこにはとても大きな、グランドピアノが静かに立っていた。 漆黒の艶を光らせて私の足をそこにうつしている。静電気で取り囲んでいるようにその周りの空気は、他とどこか違う気がする。近づいて蓋をそっと開けた。赤い布のカバーが鍵盤の上にかけられている。私は一瞬の力でそのカバーを剥ぎ取った。それはふわりと揺れて、白さを見せた。 腕時計を外して、鍵盤を前にして私は少し緊張しながら、指を置く。 まだ弾けるのか? もう弾けないのか? 鍵盤は、古びた白さを光らせて、けれどそれはとても軽い。誰かが引き込んだ、誰かのクセのある音がした。老婆は、毎日これを弾いているのか。弦をすべてオープンにすると、部屋に和音が響いた。音は一度として狂ってはいないように聞こえる。 夢中になって楽譜を見ながら指を動かした。指はまだ覚えている。目で追いかけている楽譜を追い越して指は進む。目が指を追いかける。 夢中になって夢中になって、ミスタッチをしながらけれどそこを繰り返し、そして何度もエンドレスにその曲を弾きつづけ、部屋は音で充満した。 記憶していた曲のメロディーを少し弾いてみた。 思い出した、最初はこんな旋律で。 ここに楽譜がない、けれど好きで何度も弾いた曲。無名の現代の作曲家がつくった簡単な練習曲。好きだからこそふと思い出して弾きたくなる曲。いちどもミスすることなく最後まで曲は保たれた。 夢中になって夢中になって夢中になって、覚えている曲はすべて弾きこめた。べダルを踏みかえる音もなく、私は右足と両指を休むことなく動かし続けた。こういうときの気持ちは無になっているのかもしれない。 ショパンの英雄を、私は弾けるわけでもないけれど、単音で私は旋律の音を探した。人差し指でひとつずつ。たくさんの有名ピアニストで演奏し続けられ、たくさんのアマチュアピアニストで弾かれ続けているこの曲。けれど、私が最も好きなのは、遠い時間に出会ったあの人が弾く「英雄」だった。彼のことを思い出すのが罪のように思っていた自分を、今日許してやろうと思った。英雄を人差し指で探しながら。旋律を確かめながら。 英雄で部屋は満ちた。 |
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