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| 2004年04月05日(月) 人と暮らすということ |
| がしゃっと冷蔵庫を開く音がする。 がさごそとクローゼットを探る音がする。 たんたんと床を歩く音がして、ううんと咳払いをする声がする。 重い扉を開くぎーっという音がしてばたんと扉は閉まった。 人と一緒に生活をするということ。 どれだけの苦労があってどれだけの楽しさがあるのか、私にはわからない。 ただいまと言うと、おかえりという声が返ってくる。 おはようと言うと行ってきますと答えて、おやすみと言うとまた明日と答える。 ひとりになりたければ部屋を一歩も出なければいいし、淋しくなったらダイニングに行けばいい。つけっぱなしのテレビを見ながら笑うでもなく話すでもなく、ひとつの皿に盛られたお菓子へふたりの手が伸びる。お互いが忙しくて顔を合わさないことが数日あったとしても、誰かの寝息が聞こえそうなその扉の向こうに、ひとつの確かな存在感があるような気がする。 駅のホームや商店街でばったり相手と出くわしてなんだか気恥ずかしくなったり、洗濯物のたたみ方に心地よい違和感を覚えたり、夏はTシャツ一枚で歩いたりシャワーの後のビールを奪い合ったり、シャンプーやトレイッとペーパーの減りが早かったり、片方は大いに酔っ払って帰ったのに、もう片方は完全なる素面だったり、ただの日常が2分の1になるのではなく、2倍になったらどれだけ楽しいだろうと思う。 でも、人間の生活は、数学のように理論的で単純ではないことを知っている。 1+1=2ではなく、ときに3になったり5になるけれど、0.5になる日もある。 ひとりの空間を切に願う瞬間もあるかもしれない。何もかもに苛立つ時間もあるかもしれない。 相手のことばかりに気を回しては疲れる一日もあるかもしれない。けれど、ひとりでいてはいけない時間にどれだけ救われる存在になるか、それは誰にもわからない。 だから、同棲はしない。 その味を知ったら、そのときこそ私はたぶん絶対にだめになると思う。 |
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