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2004年03月31日(水)  惜別
入院して仕事を休んでいるとはいえ、年度末なのでしょっちゅう会社から社用の携帯へ電話がかかってくる。会社メールも携帯で見ることが出来るようにしているので、ある程度の社内の情報は伝わってくるが、同僚の女の子や先輩からも私宛てのメールがたまに届き、「元気にしてる?入院ライフはどうだい?」といった内容や「今日はみんなで焼き肉行くんだ!いいでしょ?!」といったどうでもいい内容のメールも届いたりする。

そして、3月のある日。同僚の子から「緊急報告!」という題名のメール。この3月の異動に際してうちの上司が異動になったとのこと。あまりにも身近な人間の異動でみんなの動揺は大きいようだ。
よく小難しいことばかり言ったり、部下を動かすよりも自分が一番先に動いてしまったり、中間管理職らしく私たちの下からの突き上げに苦戦してきた上司でもあったが、とは言えどんな部下にだって自分の自由に仕事をさせてくれた上司でもあった。ある意味よく私たちの意見や気持ちを聞いてくれた人だった。
上司はどう思っているのかはわからないが、私にとってはよくぶつかり合った人でもあったと思う。納得できないことや腑に落ちないことは、営業の仕事をしているのであればある程度のことも我慢しなければならないことも多々あると思うけれど、私はクライアントに対しては折れたほうがいいとは思うが、社内ではその答えを求めてしまいたくなる。特に上司にはその意味をとても強く求める。けれどもちろん相手は見極めて。この上司は困り顔になりながらも、とことん私のそういう疑問に答えてくれた。
そういう理由からも、その上司と仕事をするのはとてもやり易かったと思えるだろう。
異動の発表が会った日も上司は私宛てへメールをよこし異動のすることになったと伝えてくれていた。

今日は、年度の最後の日ということもあって、みんなは忙しくしているだろうけれど私は一本会社に電話を入れてみることにした。
次の新しい上司へ私の入院のことを引き継ぐことを話しをしたりだとか、私の担当するクライアントの現在の状況を話したりだとか、上司と電話すれば仕事のばかりだけれど、私がこの人に電話をいれたのは、「1年間お世話になりました。ありがとうございました。」と言いたかったため。
やっと、仕事の話も区切りがついて途切れたとき、私は用意していたその言葉をその人に伝え、その人は「こちらこそどうもありがとう。あなたには何にもしてやれないで後悔ばかりが残る」と言っていた。私についていくつか話をしてくれ、きっと次の上司にもあなたのことを伝えておくからと約束してくれて、「焦って仕事に戻ってくることはないけれど、あなたがいないと飲み会が盛り上がらない」と最後にその人は笑って電話を切った。

ふと淋しくなり、今までは憎まれ口ばかり叩いていたのに、この人が私の上司でよかったと、そのとき初めて思った。
送別会の場では、女の子達はみんな泣き上司も泣いていたという。
私は社内間での異動なので、きっと何かの仕事ではまた関わりあうのだから泣くことはないと思っていたけれど、やはり一抹の淋しさが私の胸にもあったのは事実。
みんながこの1年、いろんなことに取り組んで夜遅くまで会議を重ねて自分たちのチームがいい仕事が出来るように考えてきたのに、その半ばで抜けなければいけなくなったその人は本当にいま心残りでいるだろう。また別の事業部に行っても今のままのあの人でいて欲しいと思う。どこかでまた一緒に仕事が出来ればと思う。
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