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| 2004年03月29日(月) 静かな風景からの手紙 |
| 二泊した札幌のホテルはビジネスホテルだったけれど、湯船を張って体を温めていると本当に贅沢な気分になる。浴室の外からはテレビの音が聞こえ誰かがいる気配がする。それがとても安らいで湯に浸かったまま眠ってしまってもいいと思うほど、とても気持ちがよかった。翌朝も私たちはまた別の有名ホテルの朝のバイキングに出かけた。私と同行した彼が泊まったホテルは安い分、食事がつかなかったため近くにいくつも建つ有名ホテルに出かけては朝食を済ませていた。北海道滞在の最終日はとてもいい天気で窓から入ってくる朝陽にきらきら照らされてクロワッサンをかじると、もうそれだけで、またとても贅沢な時間になった。 今日は何の予定もない。羽田へ帰る飛行機の時間を夕方に変更して私たちはまたあの観光案内に座る女性を頼りに、存分に楽しめる一日にしようと考えた。札幌から快速の電車に乗って30分もすると札幌よりもはるかに小さな街、小樽に到着する。居心地のよかったホテルや札幌の駅をあとにするときは、少し淋しい気分にもなってしまった。 日本海と呼んでもいいのだろうか、急にあらわれた海を臨みながら日陰の斜面に残った真っ白い雪を眺めながら私たちは小樽の駅に降り立った。 二台の自転車を借りに行こうと古びた自転車屋へ向かうと観光客慣れした店主が出てきて、私たちにこれからの予定を聞く。お土産屋の並ぶ通りや有名な小樽倉庫が並ぶ場所、美味しくて安いすし屋を教えてくれた。私と彼はもう既に札幌の観光案内の女性にその店らを聞いていたけれど、親切で陽気な店主のために数分ばかり付き合いながら、店主の広げる観光マップに興味深そうに見ていた。あの女性に貰ったそれと同じ観光マップをそっとポケットに隠しながら。 函館ほどではないにしろ小樽の駅前には緩い坂が伸びていて、その坂を降り切るとそこは観光客でごった返していた。歩いて周ると疲れるけれどタクシーを使うほどの距離でもなく、やはりあの女性が勧めてくれたように自転車のほうが小樽の中心地を回り切るには最高の手段だった。先日、テレビでやっていた岩井俊二の映画「ラブレター」の撮影スポットを通りながら北のウォール街を過ぎて土産物屋が並ぶ通りを抜け、メルヘン交差点でカーブして古い倉庫が並ぶ小樽運河を通り博物館の前で、また駅前通りに戻ってきた。自転車で走るたびにクラシックな旧銀行の建物や日本家屋を改装したような土産物屋の街並みをデジカメで撮影して回った。若い男性が人力車を引きながら観光案内をしつつカップルを乗せて走るし、店の呼び込みは威勢がよく街中にオルゴールの音が響いていたし、カメラを片手に観光客らしい女の子が颯爽と歩いていた。ソフトクリームをなめている観光客がたくさん居れば私たちはそれに倣ってラベンダーやメロンやミルクの3色ソフトをなめて、教えてもらった店に入って蟹をほお張ったりビールを飲んだりして楽しんだ。途中、小樽倶楽部という歴史的建造物と書かれた洋風の建物に入った。喫茶店ではあるけれど客は誰ひとりおらず年配の女性がひとり静かにカウンターの中に立っていた。窓枠や暖炉や照明や流れる音楽がとても古めかしくて落ち着いた雰囲気で、私は一目でこのお店が気にいった。ゆっくり時間をかけて紅茶を飲み燦燦と降り注がれる太陽の光を浴びてとても幸せな気分になった。 旅行に来たからには土産物を買って帰ろうと、あれこれと彼と話し合いながらいくつ土産を買って帰るか何を買って帰るか考えていたけれど、何もかもをみんなに買って帰ってあげたくてなかなかそれは決まらない。私たちは土産物屋の通りでいろいろな店を見てまわった。結局、蔵のような酒屋で地酒や地ビールを買い込んで、そして私は友人や兄にも送ってあげようと、せっせと宅急便の伝票に彼らの住所を書く。兄は勿論私が北海道に来ていることを知っているけれど、小樽からの届け物を見るととても驚くだろう。友人であればなぜ北海道からの名産が届くのか不思議に思うだろう。かんたんなメッセージカードをつけてそれぞれに梱包してもらった。 「私はいま小樽という街にいます。とても素敵な場所なのでみんなにもお土産を送ります」 市場に行き魚介類を見てまわった。同行していた彼は本場の蟹を買ってやろうと張り切っている。市場のお兄さんとたくさん交渉してとても安く蟹を買うと、私は四国にいる父と母に送ってもらうことにした。 小樽に滞在した時間はたった3時間しかなく、私たちは後ろ髪をひかれるように千歳空港行きの電車に乗った。小樽の夜景も見ることも出来ず、凍れ館だって行くことも出来なかったし運河や倉庫ももっと見てみたかった。まだ見足りなくてまだそこに居たかったけれど飛行機の時間は刻一刻と迫っている。時間がなくて本当に残念で少し淋しかったけれど、またもう一度来ればいいよと彼は言って私たちは電車に乗った。動き出した電車の座席から遠目で海を見ていると、私たちの乗った電車がまるで海の中を走っているような錯覚がした。 忘れられない風景は、小樽の繁華街を逸れて小さな坂道に自転車を走らせたとき、トタン屋根の建物からぽつんぽつんと雪の解けた水滴が落ちてキラキラ光ってきれいだったこと。その小道の角には避けられた雪が高く積もっていた。ぽつんぽつんと雫が落ちる音だけがしてとても静かな風景だった。ここに住む人たちは雪解けの小樽という街をどんな風に思っているのだろう、春をどんな風に思い焦がれているのだろう。東京は今日あたりが花見の頃だと言っていたけれど、北海道にもやっと春が来るんだなと思った。そういえば、人力車を引く若い男性が小樽の桜は4月下旬に咲くと言っていた。 本当にまた来たくて本当に淋しくなって、私はぎゅっと隣に座っていた彼の手を握った。 |
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