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2004年03月20日(土)  冬の約束
いつから降っていたのかはわからない。ふと窓の外に目をやるとちらりほらりと雨の水滴ではないものが、落ちていく。雨が落下する瞬間を目で追うことは出来ないのに、確かにそれは水滴じゃなく、ふわふわとした丸いものが落下する様子を目で追うことが出来る。

読んでいた本を放り投げて、窓を開けに慌ててベッドから出た。
外から冷たい空気が流れてきて、雨と混じった雪が降っていた。近くの手すりから遠くの景色まで雪に覆われている。ずっと遠くのあちらまで雪は降っている。隣の病棟の屋上からは真っ白い煙が立ち昇っている。

だれか、雪が降るって言ってた?
だれか、こんなに寒くなるって言ってた?
だれか、そんなことを私に教えてくれた?

雪が降るなんて知らないし、真冬に逆戻りするつもりならどうして私に教えてくれないの? もうすぐ春が来て東京の桜は咲き始めているんでしょう? ニュースで言ってたんじゃないの? どうして雪が降っているの? どうして逆戻りなの? 春が訪れたら私は退院できるって言ったのに。桜が咲いたらお花見をする約束もしていたのに。どうして雪が降っているの?どうしてこんなに寒いの?
このままだと蕾はとじてしまうよ。桜の木は眠ってしまうよ。

冷たい水滴が桜のつぼみをつたっていくのを想像したら、どうしようもなく悲しくなってきた。どうしようもなく淋しくなってきてどうしようもなく涙がこぼれてきた。

私が覚えている約束は、夢想だったんだろうか。ただそれだけを待ち焦がれて、ただそれだけを支えにしてずっとここにいるのに。その約束が実現される日が確実に近づいてきていると思ったのは、間違いだったのかもしれない。一体、誰と交わした約束だったんだろう。桜を見に行く約束は一体誰としたんだったろう。もう忘れた。もう忘れてしまって、その約束は現実ではなかったのかもしれない。だって、いま目の前には雪が降っているし、肌に触れる空気はこんなに冷たい。


気づくと雪はやんでいたけれど、つぼみに触れた冷たい水滴はもう取り返しがつかないよ。まだ冬だったのかと、桜は眠るだろうし、私はまだまだこの病室に閉じ込められるんだから。
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