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2004年02月25日(水)  ポケットの中のビスケット
疲れた夜。
シャワーを頭から浴びてバスタブに体育座りをして、そして小さな声で鼻歌をうたってみる。

ポケットの中にはビスケットがひとつ。
ポケットをたたくとビスケットはふたつ。

小さい頃、怖いテレビ番組をみたあとはひとりでお風呂に入るのが怖かった。目を閉じてシャンプーをしているとお化けが出てきてふいに襲ってくるんじゃないかって。だから、そんな夜はいつも大きな声で歌を歌ってシャンプーをした。

もひとつたたくとビスケットはみっつ。
たたいてみるたびビスケットはふえる。

この歌は、あの人がいないと私は最後まで歌えなかった。最初の出だしの音程がどこかの曲と混ざってしまったのか、違う音程で歌いだしてしまうから。彼は私の音程をなおす。

ポケットの中にはビスケットがひとつ。
ポケットをたたくとビスケットはふたつ。
だよ、って。

受話器から聞こえる彼の声は、雑音とともに遠い彼方に消えていってしまった。真冬の夜の中、私をひとりぼっち、取り残して。それからクリスマスが過ぎお正月が来て、彼の仕事が一段楽して私が25歳になっても、彼は戻っては来なかった。私が近づくのも許してはくれなかった。何度も何度もわたしは、その理由を自分の中に見つけようとしたけれど、逡巡となんども同じ考えを巡り返しては、もとの疑問に戻ってくる。結局答えは見つからなかった。


嗚咽が喉を塞いで、呼吸が止まってしまうほど、私は何百回目かの涙を流した。シャワーに打たれながら、延々と延々と。
私は、彼に出会う前の恋愛をどんなふうに終わらせてきたのだろうか。思い返すことが出来ない。今の悲しみはこれまでの別れとは比にならないのか。きっと私は、これまで自分の思うとおりに恋愛をしてきたのだろう。自分に納得尽くめの恋愛をして、自分の思うが侭の恋愛をしてきたのだろう。そして私にとって彼は、初めての恋愛の挫折になるのかもしれない。

明日のあなたも明後日のあなたも、すべて私のものだった。
そして、明日の私も明後日の私も、すべてあなたのものだった。
あなたがいなければ、生きていくことも出来ない気がした。
そんなゆがんだ愛情しか私は彼に与えられなかったのかもしれない。
私は何をあなたに与えたの。あなたから私は一体なにを得たの。


そんな不思議なポケットが欲しい。

この歌はこんな歌詞でくくられる。

思うが侭にビスケットが飛び出てくるポケットなんていらない。欲しい分だけ応えてくれるポケットなんていらない。一枚一枚、ビスケットを味わって食べればよかった。一枚一枚、大事に食べればよかった。欲しいがままにポケットをたたくんじゃなかった。欲しがらなければ良かった。大切にすればよかった、彼を。もっともっと大切に。

私が彼をノックしても、彼は私の欲しいものを、もうくれはしない。
彼はそのビスケットを今度は別の女の子に差し出した。
彼と黒い髪の女の子は、どこかへ歩いていく。
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