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2004年02月23日(月)  号泣する準備はできていた
号泣する準備はできていた。

江國香織の本は、いつも私に買うのを躊躇わせる。自宅にも一冊か二冊ほど彼女の本があるけれど、最後まで読んだことがない。途中で集中力が途切れてしまうような、ストーリーの遅さに静か過ぎる平坦な世界に、どうしても馴染めなかったから。
号泣する準備はできていた。
この本を手にとってページをめくったことがないけれど、このタイトルは気に入っている。号泣する準備はできているから。


私と彼は、いくつベッドの中で話しをしただろう。彼は窓の外を眺め私はその彼の横顔を眺め、時折頬を摺り寄せながら、あの夜、いくつ私たちは話をしただろう。
私たちの恋人関係が終わったとき、彼は『ベッドで話している以外の僕を、君は知らない』と言った。もちろん、私は、私が見ている彼以外の彼を知らない。ベッドの中の彼が彼のすべてでないことはわかるけれど、彼はベッドの中でいつも彼の本質に近い話しをしていたように思う。彼にも無意識に、そして私も無自覚に。
たった4ヶ月間の恋で、私たちはいくつ大切な話をしただろう。

セックスをした夜も、セックスをしなかった夜も、部屋を暗くした途端に、私たちは鎖を外したように体が軽くなり、素直になり、聞きたいことを聞け、話したいことを話せた。都会の夜の明かりが部屋をほんのり薄明るくして私たちはベッドの中でたくさんの話しをした。だから私はベッドの中で、彼の腕に身をゆだねて、号泣する準備をしていた、その準備はいつも出来ていた。彼の話はいつも私を悲しくさせたし、いつも私を幸福にした。

私は、あの夜に彼がしてくれた話を思い出すたび、今でも涙がこみ上げてくる。わっと私の涙はこぼれて彼の淋しさを自分の淋しさのように思えて悲しくなる。泣いたってどうしようもないことだろうと、彼は言うだろうけれど、私は泣かずにはいられない。悲しいことにどうして涙を流さずにいられようか。


ベッドの端と端に背を持たせかけ向き合って、ベッドの中で抱きしめあって頬ずりをして、窓の外を見つめながらうでまくらをして、大切な話しをしよう。誰にも話すこともなく、ずっと心の中に沈めていたその想いを少しずつ吐き出してみよう。私とあなただけしかいない空間で、小さな宇宙のような暗闇で、ずっと夜があけないことを祈りながら、大切な話しを聞いてあげる。大切な話しを聞いて欲しい。

あのとき、彼が出て行った部屋で私はベッドに横になりながら、ずっとそう思っていた。
私の右側にあなたが横たわっていないだけで、号泣する準備は出来ているんだって。
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