days
2004年02月05日(木)  早朝のタクシー
吐き気がするのはわかっていたけれど、薬を飲んでまだ二日目、まだ三日目。そうやって自分を騙しながら耐えてきた。

明け方の4時まで起きていたけれど、吐き気が襲ってくるだけで何かを吐けるわけでもない。
あと二時間待って、それでも我慢できなければタクシーを拾おうか。タクシーの中で電話をしてすぐに迎えてもらえるようにしようか。
けれど、私は二時間も待てず、不眠から来るのか、意識さえ朦朧として、だんだんと視界が狭くなってきた。きた、と思う。何度も経験した症状。眩暈のように、視界がだんだんと狭くなり、やがては目が見えなくなる。真っ暗で、目を開けているのか閉じているのかさえわからない。外出しているとき、この症状が出るのが一番怖い。道端で突然に目が見えなくなり、歩くことも後ろから来る車を避けることも出来ない。ヘレンケラーは毎日こんなふうにして生きていたのかな、なんて思ったりできるのは、きっとそんな症状に慣れてしまったからだと思う。

慌てずに電話の位置する場所に手を伸ばした。そのとき、腕に触れた何かが割れた。
短縮ボタンでタクシーを呼ぶ。兄が電話番号を登録してくれたことに、今さらながら感謝する。
電話を切り、落ち着こうと深呼吸をした。これから着替えて髪の毛をまとめて、アパートのエレベーターに乗って一階で待っていなければいけない。出来るのか? それでも、じっと視界が開けてくるのを待つ。いまは、そうすることかしか出来ないから。瞼を押さえるとしっかりと血液が流れているのがわかる。
うっすらと光を感じるまでに回復してきた。いつかまた暗くなるかわからない。今のうちに着替えて髪の毛を梳く。寒くてまだ暗い朝の中を、私はタクシーを待つ。携帯には相手の番号が表示されている。あとは通話ボタンを押せば繋がるだけにしてある。


大きなソファーに座るとひんやりとして不快だった。この部屋はひどく寒い。
医師は、私に笑顔を向けた。「外、寒かったんだね」って。私の頬は寒さで凍りついている。
私は、前もって告げる。14時15分に仕事の待ち合わせがある。それはぜったいに、必ず行かなければいけない。他の人に代わってもらうわけにはいかないから、と。医師は私に行ってはならないと忠告する。再三のやり取りをして医師の忠告は警告へと変わった。

眠りなさいと、ベッドを指差し私に言った。
必ず起こしてくれるようにお願いして、私は白いシーツの固いベッドで眠ろうと努めた。
時刻は6時になろうとしていた。


何が正しいのかわからない。何が真実で本物なのかわからない。私は本物を見たことがないのかもしれない。真実を追い求めているようで、実はそれに辿りついていないのかも知れない。ひとりで生きていけないことを思い知れと、突きつけられたようなひどく空しい気がした。

医師は、きっと起こしてはくれない。
私は、きっと明日の朝まで眠り続けてしまうんだろうと思った。
Will / Menu / Past