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2004年01月12日(月)  成田空港にて
三連休最後の日。
私は、朝から成田空港にいた。
朝9時にはリムジンバスに乗り、10時半には空港に着きコーヒーを飲んでいる。

昔付き合っていた恋人と向き合って空港にいるなんて、私が大きな旅行バッグを持っていればいいんだけど、生憎私は出発する彼を見送りに来ただけで。私は、本当に空港に人を迎えに来たり送りに行ったりすることが多く、自分が飛行機に乗るのは帰省するためだけ。なんだか淋しいやら虚しいやら。

彼は、一昨年の夏から海外で働くようになり、それをきっかけに私たちは離れ離れになってしまったけれど、年に一度、日本で行われるサッカーのトヨタカップと一緒に帰国する。昨年は数日しか日本にいられなかったけれど、今年は一ヶ月ほど日本でゆっくり出来たようで、彼とはよくのみに行くこともあった。

別れた恋人。

一昨日は別れた恋人の部屋に行き、昨日は眠りと現実との間を行った来たりし、今日は今日で昔の恋人と向き合って座っている。

朝、待ち合わせの場所で彼が私を見つけるなり、開口一番に「顔色が悪い」といった。自分で自分が嫌になる。自分で自分が痛々しく思う。立っているのも、こうして椅子に座っているのもひどく疲れる。横になっていた気持ちを懸命に堪えて、ここに来た。ずっと前からの約束だもの。見送りに来るっていう約束だもの。

成田空港の出発ロビーは、休日の最終日でも人手は多い。
無意識に爪を噛んでいた。私の爪はどの指の爪もがたがたになっている。

日本の紙幣を、海外の紙幣に交換してきた彼が戻ってくると、バッグから地図を取り出して私に見せてくれた。私は海外に一度も行ったことがない。行く機会もあったけれどいつもそのチャンスは逃してきた。未知の世界のような気がして、その地図を興味深く眺めてみる。彼は向こうでどんな生活をして、どんなものを食べ、どんなベッドで寝ているのだろう。そのベッドの寝心地がいいのなら、私もそこで眠ってみたい。誰も知らない土地でも今なら行けそうな気がする。誰も知らないところに行きたい。何も起こらず泣いたり怒ったり憔悴したり、そんな気持ちを感じない場所に行きたい。
彼の住んでいる場所を指でさして教えてくれたけれど、今はもうその街の名前は覚えていない。


搭乗案内を知らせるアナウンスが響いて、彼と私は立ち上がった。ひどく眩暈がした。Departureと案内するゲートに彼は少しずつ近づいていく。私はその瞬間、記憶が混乱し始めた。あの羽田空港の出発ロビーで泣きながら誰かを見送った気がする。振り返った彼は少し困った顔で一ヶ月の辛抱だよ、と言った。あれは誰を見送ったときだったろう。そしてもうひとつ蘇ってきた記憶は、信頼した誰かが海の向こうの異国へさようならと呟いて向かっていった。あれは誰を見送ったときだったろう。私は、どちらの記憶の中でも、何もできず何も言えずただただ佇んでいるばかりだった。何も出来ず何もいえないのは、悲しくて辛いだけだった。

じゃあ、行ってくるよと彼は言った。私は、うん、としかいえなかった。彼は一言二言私に問いかけた。私は注意深くそれに答える。私がいま考えていることは彼に知られてはいけない気がする。
結婚しようかと彼が言って、私はただ微笑んだ。じゃあまた今年の年末会おう、と彼が言って、私はそうだねと答えた。お互いが薄い笑みを浮かべて、お互いが想像していた通りの言葉を交わして、彼は飛び立った。最後に彼が言った言葉は、ちゃんと食べてちゃんと寝ろよ、と言っただろうか。

またいつか。
また今年の12月、トヨタカップと一緒に帰ってきてね。体には充分気をつけるように。
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