どうも週末の天気が気になる。
もうそろそろ「もみ種」を撒かなくてはいけない時期になって入ってきた。この「もみ種」を撒く作業では、田植えと違って雨が降って土が湿っていたのではうまく撒くことができないのだ。専用の機械で作業するわけだが、土がパラパラとして、撒いた「もみ種」の上にうまくかぶさってくれないとだめだ。
田植えであれば、雨の中を植えるという光景はよく目にすることができる。水の中に植えるわけだから雨が降ろうがどうしようが一向にかまわない。
なぜ「もみ種」を撒く「直播」という工法をとるのかというと、苗をつくる手間を省くためである。田植えは「もみ種」を苗床に撒いて苗を作るという作業がある。これがけっこう手間がかかるのだ。それを省こうとして田んぼに直接「もみ種」を植え付けるわけだ。
はっきりいって収穫は田植えに軍配があがる。それは卵のまま海に放流するのと、子供を育ててそれから放つ場合とに似ている。どちらにするかは農家の勝手である。地域性もあるが、我が家ではずっと以前から「卵放流方式」で手間を省いている。まあ、後の管理がけっこう大変あということはあるにはあるのだが。
暗渠を入れてからは田んぼの乾きが早くなったとはいえ、それ相当の日数は必要なので、天気の状態で予定が大きく変わってしまう。場合によっては仕事を休んで作業しなければならないことになるかもしれない。サンデー農家にとってはこれが嫌で、どうしてもJAの指導どおりの日程ではなく早めの「もみ種」撒きになってしまうのだ。
こうして苦労しながら米は収穫されていくのだが、年々、米の消費は減ってきている。それに米の値段も10年前に比べると大幅に低下している。要するに米では食っていけないという構図ができあがってしまっている。
これからの時代、日本本来の米社会に転換していかなければならないのに・・・。
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