新聞に、オペラを通して声に関する記述があった。
自分の周りでぼそぼそとする声、遠くまで響く声、相手に威圧感を与える声、冷たい声、暖かい声、やさしい声・・・。声は千差万別である。また声の「くせ」はその人の人生の「くせ」であるとも言う。
ここでは「声は楽器である」とも言われている。 逆に楽器は声の代わりなのだろうか。そうかもしれない。実際、同じ楽器でも上手下手を抜きにしても、その人の音になってしまうところがある。
声は声帯の振動で発せられるため、ある意味で生まれながらにして大きい声、小さい声は決まってしまっているかもしれない。がらがら声の人が美声を求めようとしても無理だろう。それでも「声は楽器」なので、訓練すれば当然いい声に近づくに違いない。
歌になってくると訓練がますます重要になってくるだろう。重要な要素にヴィブラートがあるが、声楽ではこれのかけ方などはあまり教えないようである。自然にかかってくるとか。楽器でも同じくヴィブラートは大切である。サックスなんかヴィブラートがかかっていなければ魅力が半減してしまう。チェロの「白鳥」が一本調子だったら聴くに値しないと思う。 サックスのヴィブラートでは苦労した経験があるが(今でも苦労している)、歌と同じで思いを込めようとすると自然にヴィブラートをかけたくなる。後は技術の問題だけだ。 恵さん、がんばって・・・
声にしても楽器にしても、けっきょくこちらの思いがどうかだろう。人生、暖かい声、やさしい声で生きたいものである。
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