柳田邦男著「妻についた三つの大ウソ」から一つ選んで本のレビュー。タイトルは『人生の復習』
『「誕生日のプレゼント、何がいいかね」私が聞くと、妻は「CDを聴けるラジカセが欲しい」といった。〜しかし、ラジカセを買っても、肝心のCDソフトがなければはじまらない。今度は、同じビルのレコード店に入り、バロックやモーツァルトの曲から3、4点選んでプレゼントしようと思い、ずらりと並ぶCDの背文字を追った。すると、「パッヘルベルのカノン」という標題が目に入った。〜』 こうした書き出しでエッセイははじまっている。この中で、忘れられない二つの曲について語られている。
『パッヘルベルのカノン』は、取材のためのアメリカ行きの機内で見た映画『普通の人々』で聴いている。内容は、平凡なビジネスマン一家が、ボート事故で長男を亡くしてから家庭が崩壊していく物語であるが、そのテーマ音楽に『パッヘルベルのカノン』が使われている。 最後の寒々としたラストシーンで流れる「カノン」は、氏にとって忘れ難い曲として心に焼き付けられていくのである。 その後、この『パッヘルベルのカノン』を聴く機会がふたたびおとずれる。ベルリン・フィルのコンサートマスターから、東京での弦楽合奏団の演奏の招待があり、その冒頭で静かに奏ではじめられたのがこの「カノン」だった。そして、その妙なるハーモニーの虜になってしまったとある。 こうして、映画『普通の人々』と二重写しになって、曲自身が人生の中で生きたものとなっていくのだと思う。
もう一つの曲はモーツァルトのピアノ協奏曲第二十三番K488である。 この曲が氏にとって忘れられないものとなったのは、画家東山魁夷さんの展覧会である。 有名な『白い馬の見える風景』の展覧会で流れていたのが、モーツァルトのピアノ協奏曲イ長調第二楽章であった。氏は「その時は、《このぴったりとした選曲は誰のプロデュースなのだろう》ぐらいに思っていた・・・」とあるが、会場で買った画集に東山氏自身が絵とこの曲とのかかわりを記述していたのである。 「このとき以来、妻にとっても私にとっても、『あの世に旅立つ日にかけてほしい曲の一つ』となったのである。」と書かれている。
このエッセイを読んで、思った。映画『普通の人々』を見よう、そしてモーツァルトのピアノ協奏曲も聴いてみなければ・・・。 単なる好奇心でしかないが、それでも、同じ気分に浸ってみたいものだ。
エッセイの最後はこう締めくくられている。 「CDで買いたい曲を選ぶのは、何だか人生を復習するような気分だな、〜」と。
思いでの曲は誰しもあると思うが、人生を復習するような気分で聴ける曲があるかなあ。うーん、人生を反省する曲しかもっていないよ・・・。
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