I'm so happy, cos you're so happy.
FKM crew



 鎌倉、山道、穴子丼

ひっさしぶりの鎌倉。快晴。


ミルクホールで朝食(カレーパン)

花教室に向かうつまと分かれてから、なんとなく東の方へ。今日は穴子丼で有名な「左可井」に行ってみようと思っていたのですが、脇道にそれていくうちに、例によっていつの間にやらハイキングコースに・・・。鎌倉という街は、意思をしっかり持って歩かないと、高確率で山道に迷い込んでしまうところです・・・私だけ?


ああ今日もまた・・・

しかも今日のコースはなぜか随所に分かれ道が。ふと、昔懐かしのゲームブックをやっているような感覚に・・・。しかし確かなのは、現実世界では結局「なんとなく」の選択を重ねていくしかないことと、方向音痴の人間の直感ほどアテにならないものはないということです。


案の定、行き止まりに彷徨い込むこと数回


この行き止まりには、まだ桜が残ってた(床はタンポポ)


結果的に下山に最も近かった脇道(冗談だろってくらい狭い)

そんなこんなで、なんとか下山。あれれ。北に向かったはずなのに、海が見えるぜ(笑)。

携帯した歩数計によれば、つまと別れてから2万歩近く(1時間半ほど)を費やして、ようやく「左可井」に到着。結局昼時に重なってしまってすごい行列。ようやく入れたものの、地元マダム(ズ)と相席となりまして、このマダムズがまた良くしゃべる。「○○通りの某回転寿司屋で、とある名店寿司屋の大将がお忍びで働いている」とか(一応名前は伏せときます)、「日本人の戦中史観が今ひとつなのは、日本史を教えるときの時間配分に問題あり」とか・・・

特に後者については持論をお持ちのようで、先史時代からちんたら教えていくから現代史が手薄になるのだ、逆に現代史から遡って教えていけばいいのだ、と延々と力説されてしまいました。「だって弥生時代だの縄文時代だの、つまらないでございましょ?つまらないわよワタシは」とのこと。

マダム。私、高校時代に、わりと似た思想から、学校の判断で日本史を2つに分けられたことがありました。片方は先史時代から江戸時代まで。もう片方は明治時代から現代まで。両方を同時並行で学びながら、全体をカバーしようというわけです。その結果どうなったかというと、やっぱり時間が足りなくなって、なんと両者の狭間の江戸時代がすっぽり落ちてしまったのです。江戸時代抜きに日本史受験は語れません。どーしてくれるんだと恨みがましい表情の日本史受験者たちを横目で見ていた世界史受験の私だったのでした。

もうひとつ。詰め込み学習に陥りがちな歴史の勉強に、唯一面白味を求めるとすれば、それは人間の営みの因果関係を認識することでしかありません。未来から遡っては、因果関係も何もなくなってしまうでしょう?

・・・なんてことはおくびにも出さず、もそもそと穴子丼をほおばって、お店を退去。

そこから帰りがてら杉本観音、鎌倉宮をハシゴし、さらにつまと合流して鶴岡八幡宮へ。実は昨日、勤務先に隣接するビルでポール牧氏が亡くなって大騒ぎになっていたのですが、これで厄は落ちたと思いたいものです。

最後は「Vivement Dimanche」の「ムケッカ」で締める1日でございました。


今月のつまの作品(ポラ)

(よ)

2005年04月23日(土)
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