大丈夫だよって言ってる自分の言葉が、空に舞い上がる風船よりも ずっと軽くてすぐに消えてしまいそうな気がした。
進もうとすると、時間や距離や世間という壁がすぐに大きく前を塞いで、 よくよく考えるとそれは自分が常に他人との間に据え付けている 「世間体」というものなんだなと思ったりする。
良くも悪くも、家族(特に子供)を持っていると、 周囲とは家族という単位で接していくようになる。 友人たちとも、気が付けば、個人ではなく家族単位での付き合いが増えた。
それは仕方のないことだ。 けれども、自由だった自分を少しずつ削られている感覚もある。 そして、そういう心情を吐露することが難しい。 だから物理的にも精神的にも束縛されていると感じるのだろう。
表現に気を遣わないと誰かを傷つけてしまいそうで、 つい言葉を飲み込んでしまうことが増えた。
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