昨日から気分が良い。自分の中にあった鬱屈した気分が嘘のように消えている。 以前の自分もこんな感じだったのかな。
昨日は人混みの展示会場の中を動き回って記事を書いて,遅くまで働いて, 酔っぱらいがいっぱい乗っている電車で帰ってきても元気だった。 そのせいで,ネコたちの「遊んで〜」攻撃に1時間以上も付き合って, ねこじゃらしの振りすぎで腕が痛くなった。 レキソタンなんていらない,って感じだった。
このまま,この気分のまま日常を過ごせたらいいな,と思う。 今なら仕事も普通にこなせる気がする。 でもまだきっとダメだ。まだ下降曲線から上昇へと変わる変曲点くらい。 期待しすぎるとあとでつらい。
夕方になったら頭痛がしてきた。 ディスプレイをずっと眺めていたせいかもしれない。 昼過ぎまでは調子よかったのに,ちょっといらいらし始めてる。 自分の後ろ側をたまに人が通るのだけど,それがいちいち気に障る。 興味本位で覗かれているような気になるから。 用がないならうろちょろしないでくれ。
仕事が一段落したので,他の人の日記サイトを見たり,つらつらと考え事をしていた。 ちょっと気分が下降気味なせいか, 「なんでこんな因果な仕事に就いたんだろ…」なんてことを考えていた。
僕は人付き合いがいいほうではない。 初対面の人と気軽に話せるほうでもないし,どちらかというと出不精なほうだ。 友人も少ないし,それでいいと思ってる。 あまり記者向きの性格ではないと思う。
記者になろう,と思った理由もあまりほめられたもんではない。 「仕事は自分のペース」,「原稿なんて聞いてきたことを書くだけで楽勝」, 「なんかマスコミってかっこいい」,「給料高い」 …文章にしてみるとすごく不純だな。
大学,大学院と通って,研究室と折り合いが悪かったこともあり, 「こんなやつらと一生会わずにすむところ」に行きたいという後ろ向きな選択でもあった。実はいま,そういう人を相手に仕事していたりするんだけれど。
きっとほっておくと,誰とも話さない人間になるのが怖くて, その対極にいる“記者”という職業に飛び込んだところもある。 なんとか自分の内向きに働くちからを,外向きに逸らそうと, ココロのどこかが判断したのかもしれない。 いまも,あせりみたいなもの−−沈黙に耐えられなくて何とか話題を見つけて, その場をしのぐことが多い。
不安定な足場の上で,なんとかバランスを取りながら人間関係を作り上げてきた。 だからくずすのは,けっこうたやすい。
記者は多くの人とふれあうけれど,多くの人とすれ違うだけの職業でもある。 名刺は山のようにあるけれど,友達はいない。友達になったら記事を書けない。
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