2009年12月16日(水)
虹蛇


 ちなみに今日のタイトルはコレです。……いろんなものが繋がってしまった(そう思うのむっさんだけだから)。









 ちょっと書いておきたいので。
 さらっと流してください。



























 昨日書いた「いくつかの立場のわたくし」の中でヅカファンとしての立場から。
 どうにもこうにも「やるせない」気持ちが消えなくて。

 で、今回の事で思い出したのが2002年のちゃー様と絵麻緒さんの一作トップの時の事で。
 それで気になって当時のマシンガンを掘り起こしてみたらこんな事が書いてありました。

<マシンガン引用>
 えっとですね「ひと」をないがしろにする企業はダメって事です。
 企業というかカンパニーにとって「ひと」は血であり肉であり、採用とか人事はゴハン食べるのと一緒だと思っています。(わかりにくいよ)(実体験から悟った事らしいです)(やっぱりわかんないよ)
 で、この場合「ないしがしろ」にされているのは、今回辞める人であり、今回抜擢される人であり、その状況を見せ付けられている他の生徒であり、そしてファンであり。すべてないがしろにしていると思います。そんなカンパニーの未来は、私には見えません。

</マシンガン引用>

 これを当時私は(むつみにじゅうななさい)「宝塚歌劇に100周年はこないと思った」という強い語調で書いていて、憤っていて。それで昨日ついったのTL上で似たような意見をみつけて、あれ?と思って、私もあの時はあんなに憤っていたのにな……と。まあ若かったからもありますが、ヅカファン人生が短かったせいもありますが、でも結局それから七年たっても、結局タカラヅカは続いていて。この1作トップの時には、もうこれ以上おかしな事はおこらないと思っていたのに、実際はカッさんの時にも1作トップがあって、ほかにも色々「おかしな事」があって……何だかんだで、私はその七年の間で、諦めてしまったのかと思って愕然としたのです。それでもそれから七年たっても私は相変わらず全力投球でタカラヅカしていて、恐ろしいことにサイトもずっと回してきたわけです。それも含めてやるせないのかな、と。こんなにずっと好きなのに、もうあんなことないと思っていたのに、でもどうにもならないことも知っているから、諦めていることもなんだかくやしくて。
 だからと言ってあの時のように憤ればいいのかというと、それもまた違うような気がするのです。そうやって、気持ちをどこにも持っていけなくなってしまっていること。それが本当に胸締め付けられるぐらいに「やりきれない」と思っているのです。

 いつもいう事ですが「泣くのは私の仕事じゃない」し、本当に当事者に比べれば私のあれやこれやなんてたいしたことないんです(本当にトモダチのユミコ担がみんな健気で、泣けてくるんですが、いやないている場合じゃないんですが)。
 ただ、今、ここに自分のしゃべる場を持っていて、しかもここまで続けてきて、過去の自分の発言もひっぱってこれる。敢えて、残しておこうと思いました。
 いつかまたこのテキストを引っ張り出す時がくるような気がします。だから今時点の、私が思った事を書き記しておきます。

 この「やるせなさ」はいつ消えるんだろうな……。







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