| 2008年02月11日(月) | ||
| 月に吠える | ||
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今日旅立ったすべての皆さんへ。 ご卒業おめでとうございます。 以下、今回は(今回は?)、私の為のテキストです。 前段はコレの星組マンション物語です。 [月に吠える] そういえば、あの日の二日前は満月だったのに、紫は月にむかって遠吠えをしなかったな、それから二度目の満月を見ながら思った。 空に近いこのマンションの一室に差し込む強すぎる光が、ベランダのカーテンの影を色濃く落としていた。せっかくだから、と半分だけしめられていたカーテンを開こうとしたら。 「開かないで!」 あすかが叫んだ。あすかはじぃっとその影を見つめたまま。 「……お願い」 そうしてその場にしゃがみこんでしまったあすかを俺はそっと抱きしめる。感情を昂ぶらせることがいい時期では決して無いのだから、ただあやすように抱きしめた。 あすかの言いたいことはすぐにわかった。 そこは、いつも紫がいた場所だった。 黒猫かと思っていた紫はやがて、見事な黒豹となった。そのしなやかな漆黒の肢体は美しく、その影はいつもこのカーテンの影にうずくまっていた。その漆黒の肢体がまるで影に溶けたかのように見えて、紫、と声をかけるとその影がゆらりと動いて、その影からのそりと黒い獣が姿を現す。そしてベランダを開けてやると、手すりに身を躍らせ、満月にむかって長い長い遠吠えをする。それはどこか寂しそうなのに、どこか懐かしい感じがするのだった、不思議と。まんまるな月がお前の野生を目覚めさせるのか、その問いに対する答えは最初から得られないのだと、それを得られないのは決して紫がいなくなったからではないのだと、俺はそんな風にこの空白を埋めていた。 けれどもあすかは言うのだ。カーテンをあけないで、お願い。そこに紫がいないのがわかってしまうのがいやなの、今でも紫はいるような気がしているのに、そこにいないと知りたくないの。 事実を受け止められないのではなく、事実を受け止めた上で、逃れるあすかの気持ちはいたいほどにわかるから、俺は何も言わずに、ベランダに出て一人で満月を眺めた。夜空には星影すら消し去るほどの、つよいつよい月の光が満ち溢れていた。そのまま煙草をくゆらせる、紫は何故かこの煙が好きだったな、と思い出しながら。 「お月見ですか?」 声のする方を確かめて、ベランダから少し身を乗り出して、お隣さんのベランダを覗く。そこには柚希夫妻がいた。 「そちらこそ」 缶ビールとつまみを並べて、夫婦揃って月見酒。 「満月の夜はここで飲むと決めているんですよ」 「まあウチは月見じゃなくても飲むんですけれど」 柚希夫人がまぜっかえす。そう確かにこのお隣さんはウワバミ夫婦で、一度付き合わされてエライ目にあったことがあるのだ。 それはさておき、柚希氏の差し出す缶ビールをベランダ越しに受け取り、ベランダ越しに乾杯をした。そして二人でなんとは無しに月を見上げた。 「……実際には、見ていたのは月じゃなくて、紫でしたよ」 そう、柚希氏が思い出したように呟いた。 あの黒くてしなやかな野生に魅せられぬ者などなくて。 満月の夜に寂しげに切なげに懐かしげに鳴くその音色に魅せられぬ者などなくて。 しなやかな野生よ、おまへはそらにむかってはかけあがってしまったのか。 柚希氏がずっ、と鼻をすする。それにつられて俺も鼻の奥がつん、と痛む。 夫人がいつものおっとりとした口調で言った。 「紫、あたりめが好きで、ちょっと鼻先に出してあげるとウチのベランダにも来ていたのよ?」 夫人がゆびさきであたりめを、夫の鼻先に差し出した。 「残念、もうすこしでウチの子になると思っていたのに」 そう言っておどける柚希夫人のまんまるな笑顔が、湿っぽくなった男二人を慰めてくれていた。 それからまた何度目かの満月の夜。 風呂からあがると、あすかは窓辺のカーテンの影の縁に立ち尽くしていた。あすかの顔は陰になっていて良く見えない。 「紫、出てきなさいよ」 漆黒の影に言葉を投げる。 「いるのはわかっているのよ、出てきなさいよ」 漆黒の影はぴたりとも動かない。 「紫、紫」 漆黒の影に、あすかの涙が落ちた。 「あすか」 たまらなくなって、あすかに駆け寄る。振り返ったあすかは言った。 「いないのは、わかっているの!」 そういってあすかは崩れ落ちながら、俺の胸にすがるように泣いた。そのあすかのかなしみをどうにもできない自分も、今自分のかなしみもどうにもできない自分も、不甲斐ないと思った。そう思いながらあすかと一緒に泣いていた。 その時、ふわりとカーテンが動いた。風もないのに、と俺とあすかが目をやると、漆黒の影から、黒い影が這い出てきた。それはまぎれもなく。 「……」 俺もあすかも、その名前を呼ぶのも躊躇った。きっとこれは幻だ。だって紫はもういないのだから。けれども二人で見る幻があるのだろうか。 息を止めてしまったかのような俺とあすかの元に、その黒い影は近づいてきた。まぎれもなく、それは紫だった。 「……」 紫はぺろり、とあすかの頬を舐めた。そして俺の手を舐めた。あたたかい、確かにそれは獣の温度で。 そして紫はベランダに出た。満月の光の中に、黒く美しい野生が浮かび上がる。そうして紫は月に向かって吠えた。 しなやかな野生よ、おまへはそらにむかってかえってゆくのか。 だからあんなにも切なくて懐かしかったのか。お前にとって還るべき場所だから、あんなにも満月に向かって吠えるのが切なくて懐かしかったのか。そして今、お前は、還ってゆくのか……。 最後の己の遠吠えの余韻を、目を閉じてうっとりと確かめるような紫。 還ってゆく。今度こそ本当にかえってゆく。 そう思った瞬間、紫は音もなく、再び部屋に戻ってきた。そしてゆっくりと、消えていった。 「紫!」 俺もあすかも叫んだのは同時だった。と同時にすぐにわかったのだ。 紫、お前は確かにそこにいたのだね。ずっとずっとそこにいたのだね。 いなくなってなどいなかった、紫はずっとそこにいたのだ。いたから、いるのだ。 お前はそれを今、俺達に教えてくれた。 そしてお前は、ずっとずっといるのだね。 そしてその次の満月の夜。もうこの月ほどにまんまるくなったあすかのお腹に耳を当て、命の鼓動を聞こうとする。 「やっぱり名前は紫かな」 「そんな事をしたら、紫怒るわよ。勝手に俺の名前を使うな、て」 そこで俺達は振り返った。開け放ったカーテン、ベランダから満月の光が部屋一杯に満ちて、そこに黒い影はないけれど。 ここにいるのだね。 もう一度あすかのお腹に耳を当てた。 「わおーん」 生まれてくる子供に聞かせるように、小さく吠えてみた。 ++++++++++ まずは私の勝手な感傷にすぎないことをひたすらお詫びをしつつ。 紫君たちの退団発表があった二日前は、まさに中秋の名月だったんです。某紫担さんの「大真くんがいなくなってから覚悟はしていた」という言葉を聞いてよけいに切なく、満月に呼ばれていってしまったのかなぁと(先生このみらゆか者学級会で吊るしていいですか!)。テキスト自体が割とその時出来上がったものです。 でも私の勝手な感傷はみらゆかドリームをぶつけた事ではなくて、まさに「お前はここにいるのだね」。博多の時のマシンガンに書いた事と同じ、という感傷なのです。本当に私はあの時、大真くんの不在を感じるよりも、大真くんの存在を感じて嬉しかった。いたから、いるんじゃないか。今でも本気で思っています。 だっていたんだもの。いなかったことにはならないんだもの。 だからこれは私の為のテキストにすぎないのです。うわあなんかこの人好き勝手いってやがる(笑)。 補足するまでもないですが、柚希夫人はみなみです。本当は全員出したかったんですが(笑)。 ここまで読んで前段テキスト読んでない人いないと思うのですが一応出演者テロップ。 ・新婚さんのとうあす ・おとなりさんの美城君(サーカス団長、小黒豹紫君を黒猫と偽って預けたひと) ・さらにそのお隣の夢乃君(星組一回覧板が似合う人) ・反対のお隣の柚希夫妻 ・クレーマー柚長(紫君の遠吠えがうるさいと殴りこんで黒猫とうたんにやられるひと) ・マンションの管理人しぃちゃん(紫君がなついてます)(椎紫!) ・マンションのオーナー涼さん(最上階ワンフロアに住んでいるひと)(マンションでの事件や騒ぎには必ず首をつっこみます)(あの人いつもいるけど何しているんだろうねともっぱらの評判) その他、良く来るイケメンピザの配達人にみやるりとか(何その人選)(さあじぶんでもよく)、1階の集合ポストに入れればいいのに、トレーニングの為全戸階段で回る新聞配達人明石とか、めぞん一刻並のキャラ立てで皆いるんだなぁと思ってください(中途半端なところで投げるな)。きっとどこかでそんな物語が続くのだと思います。星組マンション物語(完)。 前段テキスト書いたときから気づいてはいるんですが、黒豹て「わおーん」とはなかないよね(笑) |
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