2007年02月09日(金)
過保護の仔猫のように


 今週も終わりました(ぐにゃ)。



 じゃ、甘いものいっときますかね?


[ヘイズコードSSしゃーぷ](#?)


 ラル様は犬を飼っている。
 そんなの、おかしいじゃない。


 撮影所にラル様に会いに行く。ちょうどお昼時だから、一緒に近くの公園でランチをしようと、ばあやにサンドイッチを作ってもらって。
「ラル様ー」
 ところが撮影所の前で、また
「お嬢さん、関係者以外は立ち入り禁止」
 まただ。またこの男。
「でもわたし、ラル様とランチを」
「ダメだ、今は撮影中」
「だって」
「ダメ」
 ああまたこの男だ。ジョニー・ラフト。
「よー、忠犬ジョニ公、今日も律儀にお庭番かー?」
 近くに来たウィルがそうからかうと、ジョニーはぎろりとウィルを睨む。ウィルはびくっと一歩ひいた。
「……撮影中は、お静かに」
 そう言ってジョニーはドアをパタンとしめた。
「おっかねー。全く律儀だね、あいつ今日撮りないんだぜ」
 全く懲りない様子でウィルが言った。
 そんなの、おかしいじゃない。
「ま、そんなにへこむなよ、ランチは俺様と一緒、てのはどうよ?」
「結構です」
 わたしは、きっぱり言い放った。


 いつもいつもこんな感じ。
 ジョニーはいつもわたしとラル様の邪魔をする。忠犬とはよく言ったものだ、ほんとにジョニーはラル様にべっとりで。初めてジョニーに会ったとき、感じた「なんかいやな感じ」は忠「犬」だったからだと、それを聞いたときに納得した。でも納得しても、そんなの、おかしいじゃない。
「まあまあ、仕事なんだし?それに男相手に妬いてもしょうがないでしょー?」
 そうリビィになだめられても、やっぱりそんなのおかしいじゃない。
 だってラル様はヒーローなのに。
 ラル様はわたしを犬から守ってくれたヒーローなのに。
 どうしてラル様は、犬と仲良くするの?
 そんなの、おかしいじゃない?
 そんなの、ヒーローじゃ……。
 そんなわたしにラル様は構わずに、わたしにつきあってくれている。わたしがジョニーを嫌っているのを知って、ちょっとため息をついてから、あいつはああだけど、いい奴だ、いい役者だと言う。
 でも、わたしが嫌いな「犬」だもの。わたしをいじめて、じゃまして。
 なのにどうして。どうしてラル様は、わたしをいじめてじゃまする彼をかばうの?
 そんなの、おかしいじゃない?
 そんなの、ヒーローじゃ……。
 その最後のひとことを、どうしても続けられない。認められない。
 だってラル様はわたしのヒーローなんだから。


 その日、わたしはまた撮影所に行った。
 もう日付が変わろうという時間、ばあやに内緒でこっそり抜けてきた。けれども撮影所にラル様はいなかった。撮影は佳境に入って、スケジュールもおしているからとリンダが言っていたから、きっとこの時間も撮影所にラル様はいると思ったのに。
 わたしはその足で、ラル様のアパートに行った。夜中に男の人の部屋になんて、ちょっと怒られるかしら、でもわたしはラル様に会いたかった。ラル様に会わないと、わたしの中の最後のひとことが、その決定的なひとことがこぼれてしまいそうだから。だから。
 部屋の電気はついている。ラル様はきっと笑顔で迎えてくれるはず。
 なのに
「!」
「……」
 部屋の前で、ジョニーとばったりハチ合わせた。なによこれ。そんなの、おかしいじゃない?
 ジョニーはこんな時間に、と眉をひそめた。怒鳴られる怒られるいじめられる、と構えたらジョニーは言った。
「……いや、これはお嬢さんの仕事だな」
 そう言って、手に持っていたひざ掛けをわたしに手渡した。え?
 そうして「忠犬」はあっさりと去っていった。
 わたしはおそるおそるドアを開けた。
「ラル様?」
 声をかけても返事がない。そのまま部屋に足を踏み入れる。電気はつけっぱなしなのに、ラル様のはいない。リビングを抜けたつきあたりのドアを開けると、そこが書斎になっていた。というか壁いっぱいの本棚と、それに押しつぶされるように置かれた机。
 その机にラル様がつっぷすようにして眠っていた。
「……ラル様?」
 部屋のなかはとてもちらかっていた。床に放り出された本は広げられた形のままで、丸められた紙がいくつも転がっている、机の上には愛用のタイプライター、その周りのちらばったメモは走り書きだらけ、その周りには食べっぱなしの汚れたままのお皿、飲みかけのコーヒーが入ったカップ……ええっと、こういうのはなんて言うのかしら、修羅場?
 そうか、撮影が押しているのはスポンサーからクレームが入って、撮りなおしが入っているからって言っていたっけ。ラル様は脚本も書いているから、だからこうして……。
「……」
 それにしてもひどい有様だった。まるでガラクタのようにごちゃごちゃした中で、ラル様は眠っていた。あんまり良く眠っていたから、起こさないようにそおっと顔を覗き込むと、しばらく剃ってないと言わんばかりに無精ひげが生えていた。髪の毛はぐちゃぐちゃ、お風呂も入っていないんだろうなぁ、なんか、ちょっと変な匂いまでする。疲れているせいか、いつもよりずっと大人に、というか歳老いて見えた。
 これは本当にラル様なんだろうか。
 なんかカッコ悪い。
 そんなの、おかしいじゃない?
 だって、ラル様はヒーローなのに。
「……」
 ぐちゃぐちゃの、ラル様の髪の毛にそっと触れる。それを整えるように、指を入れて梳く。
「……」
 思わず、笑った。
 だって、こんなの、ヒーローじゃない。
 ちっともかっこよくない。
 ラル様はわたしを犬から守ってくれたヒーローなのに
 ラル様は犬を飼っている
 そんなの、おかしいじゃない?


 でも一番おかしいのはわたし自身だった。
 だって、そんなのおかしいじゃない?
 こんなにカッコわるいラル様なのに、
 なんだかとても、たいせつなものに思えてきた。
 大好きな、大好きな。ヒーローじゃなくても、わたしの。
「う……」
 不意に彼が身じろいだ。
 ふと思い出して慌ててジョニーから預かったひざ掛けを彼の肩にかけた。……うん、これはわたしの仕事だ。わたしの。
 それもおかしかった。だってジョニーはわたしをいじめてじゃまするはずでしょ?なのに。
「……ミルドレット?」
 むっくりと、身体を起こし、寝ぼけ眼でわたしを見る。わたしはそれがおかしくて、今度は声に出して笑ってしまった。彼も、つられるように笑った。
「夢を見ていたんだ。ちょうど、君の夢を」
「え?」
「あの時の夢、俺もレイもミルドレットもちっちゃくて。……あの時ミルドレットに犬がとびついたけれど、あの犬は、尻尾を振っていたし、犬は君があげた叫び声で驚いてすぐに逃げて、倒れた君をレイが助け起こして……なあ、それで思い出したんだが、あの時俺が君を助けた訳じゃなくて……」
 わたしは彼に顔を近づけた。彼がきょとんと、驚く。
 そんなこと、もうどうでも良かった。
 その夢が事実でも記憶のすり違えでも、わたしを助けたのが彼じゃなかったとしても、
 ラルフがヒーローじゃなかったとしても。
 それでもわたしは彼が好きなのだと、
 それはちっともおかしなことじゃない。
「……どうでもいいか」
 おんなじ事を、彼が言ってくれた。きっと彼もまた、それでもわたしを好きでいてくれているのだと、それが嬉しかった。
 わたしは彼の膝の上にちょこんと座った。彼の首筋に腕を回して、そして頬を摺り寄せた。彼が少し慌てた。
「お、おい。ミルドレット、俺しばらくシャワー浴びてな」
 わたしは返事をしなかった。そしたら彼はぎゅうっとわたしを抱きしめてくれた。


++++++++++
 忠犬(ジョニー)とミルドレット(犬嫌い)のネタはちゃらさんからパクりました(笑)。最初にそれを言われたときに「うまい!座布団一枚!」って思ったんだよね。
 もうちょっと、もうちょっと書きたいのですが、ちょっと最近金平糖釜の調子がよくなくてね……自分でもちょっとすっきりしない書き味なのです。でも書くんですが。





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