2006年05月04日(木)
『宿しているんですか?』


 ACROSSの途中ですが(臨時ニュース口調)、また雪組東宝の話をしたいと思います。マイ楽、トウコアンドレバージョンでした。
 とりあえず今回は「壮いづバンザーイ!」につきます。もういづるんの尻にしかれてでれでれしている壮一帆さんにニヤニヤしっぱなしです。いや、いい壮いづだった。
 で、ふと思ったんですが、雪組さんは主要クラスですごくかけざんがしやすい組じゃないですか?例えば今回なら壮いづだったり水シナだったり。で、過去作品を遡ればカシいづもあるしカシシナもあるし壮シナもあるし水いづもあるし……とかけざん満載。うちの組(=星組)みたいに実現しないかけざんに萌えて、ちらっとでも絡むときゃあきゃあ騒ぐんじゃなくて、実現範囲内でこれだけ萌えるかけざんが存在している……どうして皆SS書かないんだろう?(いや普通はSS書かないから)もったいないなぁと思った次第です(かけざんだいすき管理人)。


[雪組ベルばらメモ]

・コムカルに「人間・オスカル」と言っていましたが、そのコムカルの「女」の部分に最初に気付かせたのは貴城ジェロだったんじゃないかなぁと思いました。「やさしいまどろみから〜」のくだりで「あ、そうだ、私、女だった」って気付くみたいな(笑)。なんだか貴城ジェロが、そうやってコムカルの女の部分を暴いたというか(ええ?)。
 貴城ジェロは非常に過不足なくジェローデルで、実はちょっとかげ薄いなとか物足りないなぁと思っていたんですが、ここの場面は貴城けい、本領発揮という形で、人間コムカルの固い殻をこんこんと叩いて、その中の「女」の部分を覗かせた、そういう説得力というか包容力があったなぁと。で、こんこんと叩いて取り出した「女」なコムカルは、幼馴染からの愛情を自覚しきれず、そして幼馴染への愛情に気付ききれていないという感じでした。そこで身を引くジェローデル、そこにひとつの「愛」の形を見るコムカル。それまでのコムカルの「愛」って「人間愛」でしかなかったと思うんですよ。本当に最初からそういう度量の広さというか。それこそ「貴族も平民も男も女も関係ない」という「人間愛」。だから衛兵隊士も従うし、ロザリーも本気で恋をする。そんな「人間愛」しか知らなかったコムカルが、男女の「愛」を知る、ひいては自分が「女」としての愛を知る。「女として生きる事を忘れていた」(笑うところじゃなくて事実)コムカルがそれを思い出した時、初めて「愛の巡礼」になる。けれどもそれはそれまでの人間・オスカルとしてのアイデンティティーを否定するものではなく、その失われていた女としてのアイデンティティーを探し始めるきっかけだったんじゃないかなぁと。
 では私の(女として)求める愛はなに?どこ?と言うように。そして幸いに、いや当然のようにオスカルにはアンドレがいた。アンドレに「私の生き方は間違っていなかっただろうな」は、人間としての生き方(人間・オスカル)というより女としての生き方を間違ってはいなかったかと問うているように見えました。人間・オスカルとしては、前にも言ったように本当に迷いもなくただ信じる道をつき進んでいた。けれども「女」としては、これまで忘れていた(ひどい言い方だが事実だと思う)だけに、進むべき道が見えない。そんなオスカルの「女」の部分を認め、それまでの空白を埋めてやったのがアンドレだったんじゃないかなぁと。
 バスティーユ前のブイエ将軍との言い争いで「女にも主張を述べる権利はある!」というオスカル。雪組版のオスカル(というかコムカル)だと、本当ならここでまた「女も男も関係ない!」という理論を出しそうなのに、それを出さなかった。むしろ「女である」事を誇りに思っているようにすら見えたんですね。「女」である自分を主語においていた、そんな感じです。

 ちょっとうだうだ書いちゃってますが、星組版のトウコオスカルが「女である事に気づいた時に、女でも男でもない自分に苦悩した愛の巡礼がアンドレにたどり着いて女となった」であるならば、コムカルは「女である事に気付いた時に、女であるアイデンティティーを捜し求めていたらアンドレがそれを引き上げてくれて女になった」かなぁと。作品が違うから対比、とは言えないと思うのですが、それぞれに興味深いなと思ったのです。
 ちなみに女であることに気付かせたのが星組版ならフェルゼン、雪組版ならジェローデルであるわけです。


(長いよ!メモ帳はみでてるよ!)



[雪ベルばらメモ:仕切りなおし小メモ]

・やっぱりロザリーの事がおねえさんはちょうしんぱいだ。「口には出せない乙女の祈り」って多分妄想と書いていのりと読ませているんだよね?(震撼)それでもマイカゼロザリーがあまりにも健気なので、オスカルズに翻弄されているところでは手に汗握って「ロザリー間違えないで!本物オスカル様のベルトは黄色だから!」と応援してしまいます。……マイカゼはどんな解釈(というか落としどころ)で演じているんだろうなぁ……。

・幕開け最初のシビさんのヅラがいつも美味しそう(え?)。初見の時はベーグルみたいでした。マイ楽はプレッツエルみたいでした(なに?むっさんおなか空いてたの?)

・しなぼんのディアンヌがちょーかわいーいー!「にいさんっ!」でハートが150個ぐらい飛んでいました、それに対して水アランも三つぐらい飛ばしてました。やだもう、あの人たちなによと過剰反応してしまうのは私が屈折したブラコンだからです(笑)。

・トウコアンドレはひとり少年漫画(Gペン)でした。ひとりだけ線が太い(この線が太いは男らしいの比喩ではなくて本当に物理的に線が太かった)。星組だなぁ……。そんなトウコアンドレの毒殺シーンを見ながら「男として惨めとか哀れとかを演じられる男役ってそうそういないなぁ」と思いました。美しい事が前提の宝塚で、男としてみっともない(この場合は詫びる場面)は滅多に書かれないんですが、それをちゃんと男役として演じる事ができるって貴重だと。カシドレの時は不思議とここが惨めに見えなかったんですが、トウコアンドレは惨めに見えました、でもそれが男としてリアルだったし、男役としての枠は外れていないなぁと思ったんです。トウコさんで業平のあの「慟哭」の場面が見たいと思いました(素)(伝わらない)。

・ガラスの馬車の場面のトウコさんがすごく大きく見えました。それまでは同じぐらい、いっそコムカルより小さく見えていたのに。トウコアンドレの包容力というか男としての大きさが出たとも言えるんですが、コムカルか小さくなったように思ったんです。すべてを預けて子供のように、トウコアンドレの中に収まった。うわぁ、小室さん伸縮自在(違)だよ!

・パレードで沢音君が銀橋に乗っていたのにびっくりしました。退団祝儀?でも実際、雪組の中堅クラスの男役が今すごく薄いのも事実だよなぁと思いました。というかここ数年、雪組さんは中堅の職人系の男役(あるいはその候補)が何故か辞めていってしまうんですよね……。SAWANE×ANJOの攻め方としてではなく、彼の退団は惜しいなぁと思います(しょんぼり)。いい男(と書いてGUYと読む)になったの思うのになぁ。



 書こうと思っていたことがほとんどかおりちゃんちで出てました(笑)(せめてデコって事にしようよ、お互いの安全の為に)(私信)。



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