それでも笑って生きていく



 予防線

大学生の時、社会人の恋人と付き合っていて思ったのは
社会人って、暇なんだな・・・・
だった。

今はスポーツジムに毎日何時間も通ってくる人を見て
仕事が終わるとそんなに暇なのかな?
と、思う。

効率よく仕事を終わらせて
アフターファイブを充実させているのかもしれない。
仕事の専門性を高めるために勉強することが
当たり前だと思ってたけど
そんな必要はない職種も世の中にはあるのかもしれない。

…そんな仕事、本当にあるのかな?


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時々思う。
多分、私はBPDだろうな…と。
暴走しないように気をつけてはいても
脆弱な自尊心を守るために必要以上に攻撃的になる。
見捨てられたくないという思いと
誰も私を認めてくれはしないんだという絶望感。
誰かに親切にするのは
誰かから捨てられたくは無いから。
でも、絶対に最後にはすてられる。

きっと私は根っこの部分では
他人を信用してないんだろうな…と。
だから去っていくんだろうな。

他人のことは良くわからない。
知りたいと思って学んできたけど
人間関係の実践はいくら学んでも
よくわからない。

実践して、学んだことは
どんな人間だって
私を理解してはくれない。
話せば判るは大嘘で、
話しても話しても、相手のことは良くわからないし
私のことをわかってもらえたという実感もわかない。

結論は、誰も私のそばにはいてくれないし
いつか私から離れていくということ。
でもそれだって、私が他人を信用してないんだから
当たり前のこと。
それで傷つくのはあまりにわがままというもの。

虐待を受けたわけではない。
すごく可愛がられて育ったはずなのに
何で私には「基本的信頼感」がきちんと育っていないんだろう。
そして、青年期になるまでにきちんと乗り越えていなきゃいけない
課題を乗り越えていないんだろう。

ひとつだけ、自分が立派だと思うのは
依存症すれすれのお酒も買い物も繰り返すけど
自傷行為には走らなかったこと。
「切る」という行為に魅力を感じなかったこと。
…まぁ、私が欲しいのは実感じゃなくて
「安心感」であり、「所有すること」だったんだから
胸を張るべきことではないんだけどね。

2006年10月01日(日)
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