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この前、奈良の平城宮跡と飛鳥京跡とキトラ古墳と高松宮古墳を見ました。キトラ古墳では 7世紀の壁画の実物を見ることが出来ました。約1300年前のものを見て、個としての人間の命の儚さと生きている時間は一瞬にも満たないと感じました。それと同時に1300年以上もかけて人が人に文化や技術や思いを繋いで行く事が出来るという事に無限とも言える可能性を感じました。人間を個として考えたらちっぽけなのでしょうが、人間を集団として考え、そしてそれを何世紀にも渡って何かを伝え残し、またそれを次の人達が発展させて行くとするならば、それは本当に凄いことですし素晴らしいことです。一人の人間の一生はとても短く大したことは出来ないけれども、何かを人から頂き、それを一生懸命に発展させて、次の人達に繋いでいくことが出来たとしたら、それはちっぽけなことではないと思います。私もそうなりたいです。私などという人間はとてもちっぽけですが、この命を極真空手にかけて燃やし尽くしたい、私個人で生きた証など残すことは出来ないかもしれないけれど、1000年先の未来に極真空手が残っているのならば、私がこの世に存在したことには大きな価値が有ったと言えると思います。私の生きた証を残せたと言えると思います。遺跡の前で、それが誰なのかは分かりませんが、「僕も貴方たちが一生懸命に生きて何かを残したように、僕も一生懸命に生きて何かを残せるように頑張って生きてみせます。」と誓って来ました。
kanno
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