DiaryINDEX過去の日記未来の日記
2021年01月18日(月) 型について

私は2014年8月に初めて型競技の試合に出場しました。2016年5月から2年間、全日本空手道連盟の型競技講習会に参加し四代流派と言われる流派の型を学びました。その型は全日本空手道連盟の第一指定型八つ、剛柔流のセーパイ、サイファ、松濤館のカンクウダイ、ジオン、糸東流のバッサイダイ、セイエンチン、和道流のセイシャン、チントウでした。そして2018年3月から、さらに独自で松濤館の型や沖縄空手の型や歴史を調べたり稽古したりするようになりました。そうして調べていると今行われている型は、ほぼ全て沖縄から伝わって来たのですが、大体の型は歴史が古く伝承が不明であったり何時、誰が創作したのか?など正確には分からない物ばかりです。しかし平安(ヘイアン、ピンアン)の型は何時、誰が何を目的として型を創作したのか?がハッキリしています。平安の型は創作者は糸洲安恒先生で、1905年(明治38年)に完成させたと言われています。型を作った目的は、沖縄の中学生の体育授業に空手が採用された事がもととなっています。はじめはナイファンチ(極真会館の鉄騎その一)だけを2〜3年練習させていましたが、より生徒達が空手に親しみやすく、基本技を修得させようという事で平安の型を考案し創作したそうです。この型は公相君(コウソウクン)いわゆるクーシャンクー、カンクウと言われる型をもとに創案されたと言う説があります。ですが良く型を研究して見ると平安五段(極真会館の前ピンアンその5)はバッサイダイの部分が多く含まれています。なので平安の型では高度な技術の部分部分を分割して学ぶことが出来ます。そしてもう一つ大きな特徴があります。大体の型と言う物は闘争術、殺人術の秘伝的な技を学ぶために作られているので、いわゆる禁じ手と言うか反則技ばかりで型が作られています。ですがこの平安の型は護身術や体育的な事を目的に作られているため、目潰しや金的への攻撃などの技は入っていません。またこの型の全てが受けから始まっています。この受けから始まるという事で、先ずは相手の技を受けて戦いを避けようとする謙虚な気持を表す意味で平安と名付けたとも言われています。またこの型の技術を修得しておけば平安な心でいられると言うことから名付けられたのだと言う説もあります。そして平安の型は、昔は平安二段(極真会館のピンアンその二)が平安初段だったそうです。そして平安初段が平安二段だったそうです。何故それを逆にしたかと言うとそれはただ単に難易度からだそうです。では何故、糸洲先生は現在の二段から始めさせたのかと言うと、それは先ず難しい型を学んでから、安易な型を反復するのが良いと考えられてそうしたそうです。私の師匠である広重師範は、型は平安の型が出来れば、実戦で使う動きや技はほぼ事足りている、逆に平安の型が出来ずにたくさんの型を出来ていても、それはただ型をたくさん知っている物知りで終わってしまい、型の動きは実戦では使えないと言っていました。私もたくさん型を学びましたが、全くその通りだと思います。そのように思うので私は、身体の内面を作るために鉄騎その一と三戦をやり、身体の動きと技を作るために抜塞大と観空大を毎日稽古するようにしています。


kanno

My追加