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武道と武術というもには違いがあります。空手道と空手にも違いがあります。どう違うのか?武術が発展したものが武道です。空手が発展したものが空手道です。剣道も柔道も同じです。では武道は武術ではないのか?武術を学びながら、武術を方便として、人の道を学び、自分が学んでいる武術を学ぶなかで、その武術を今生きている世の中で生かし、自分を世の中で生かし、自分の人生を正し、自分の人生を幸せにして行く法を学ぶ事が武道だと思います。武術は人を殺す方法を研究し鍛錬して行くものです。それが何故武道になったのか?それは世の中の変化のなかで武術を学ぶ必要性が少なくなったからだと思います。それをどう残していくのか?どう伝えていくのか?どう発展させて行くのか?どうすれば武術を世の中の人が必要とするニーズに合わせられるのか?それを考えた末に出来たものが武道だと私は思っています。なので武道のなかで継承されている物が武術の技をという事になります。なので何故今頃、世の中の人が武術、武術と騒いでいるのだろう?と私は思っています。ただ今の武道のなかで使う技は、武術の技とは異なっている点もあります。それは何故かというと、先人は武道をさらに世の中に発展させるために競技としての試合を作りました。試合が出来た事で試合で勝つ事が目的となり、試合で勝つための稽古方法が発展して行きました。なので今の武道では試合で使う技が主流となっています。ですが武術の技はたくさん残っています。それは空手道の型です。型の中には先人が残した武術の技がたくさん残っています。ですから武術の技を学びたければ、武術を称する人に学びに行く事よりも、型を稽古してそこから様々な場面を想定してその動きをしてみる事が大切だと思います。なので型の分解をあまりに追いすぎると、型が型で終わってしまいます。つまり応用が利かなくなってしまうという事です。型は空手の辞書なのです。型は応用するためにあります。その応用は千差万別です。自分が求めるだけそこにヒントが生まれます。ただ型は動作や姿勢や技の緩急や息の調整や技を出す時の身体の伸縮などは正確に行い伝えて行く必要があると思います。姿勢や動きなどがあまりに変わって仕舞えば辞書が変わってしまうので、のちの世の人達が型からヒントを読み取る事が出来なくなってしまいます。型を正確に学べば凄い技を生み出す事が出来ます。なので正しく継承して行く必要があります。正しく継承する事で後の世に、その型から凄い技を生み出す空手家が生まれます。私はそう思い型の稽古に取組んでいます。
kanno
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