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もう少し稽古に付いて書きたいと思います。稽古をする心構えとして「守・破・離(しゅ・は・り)」という言葉があります。守は(まもる)、破は(やぶる)(超える)という意味です。離は(はなれる)です。とにかく何かを始めた時は守る事が大切です。物事をやり易いようにやったり、自分に都合が良いように解釈したり、自分の都合が良いように工夫したりするのは良くありません。何故かと言えば人間は物事を道理が分かるようになる前に工夫してしまうと自分の都合が良いように楽なように工夫してしまいます。先ずは習う時にはその道理と言うか真理という物を理解するまでは教えられた事を守りきる事が大切です。空手で言えば自分の精神的な悪い所や、身体的な悪い所を矯正し、言って見れば悪い癖を取るために、良い癖を上書きするからです。それが出来たら次は破の段階に入ります。一から十まで習った事が出来るようになったら、また一に立ち返るのですが、自分のやっている稽古に常に疑問を持って行い、何度も稽古する中で自分の特徴に合った物に変化を加えて行き自分の奥義を見出します。それが出来たならば今度は、教えてくれる人から離れ、自分の習得したものを人を教えて育ててみると良いと思います。その教えるという作業からまた新たな気付きや新たな事を学び習得する事が出来ます。では守破離のその先は何にたどり着くのでしょう?これは私の考えですが、やはりまた新たな何かを始め守に立ち返る事が大切なのではないかと思います。学びに終わりは無いのではないかと思います。それが私の師匠である廣重毅師範が私に贈ってくれた本にサインをした「求道無限」という事なのだと思います。「求めれば道は無限に通ずる」のだと私は思います。4回に渡り稽古と言うものについて私の今の思いや考えを書いてみました。ですがこれが完成形だとは少しも思いません。数年後の自分はさらにさらに進化していて、この日記を見て、この頃の自分は未熟だと思える自分になれるよう日々精進して生きて行きたいと思います。
kanno
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