「静かな大地」を遠く離れて
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2001年11月27日(火) 呪いのフィールドワーク

物語ること。その力。意味。最近の「静かな大地」の焦点は、そのあたりのようだ。

以前、ここにこんな散文詩めいたものを書いた。その日の題は「叙事詩の射程距離」。

 利権の体系としての世界
 利権としてのアイヌ
 利権としての静かな大地

 強制収容所にもバランスシートがあり
 小役人たちが日常業務を勤勉にこなし
 そうして“歴史”が積み上がっていく

 システムの奴隷

 人の弱さ 脆さ そして儚さ

 あるいは禍々しいまでの力

 叙事詩の射程距離

 ことばといのち ことばのいのち いのちのことば

 静かな大地に 響き残る 地霊たちの声

 「これは本当にここだけの話だぞ」


一寸、言葉の配列を変えたりしてみたけれど、ほぼ原文のまま。
前回の更新で話題にした中沢新一「圧倒的な非対称 テロと狂牛病について」でいうところの
“対称性社会の住人”の「論理」を実践へと転化させるとき、それは“呪い”という形態を
取るだろうか。彼らの世界観の因果律において、禁忌を侵犯した者は、呪われる。
圧倒的な非対称を肯んじない者たちの武器は、最後は呪いしかないのかもしれない。

「静かな大地」は、日本近代史におけるシャモとアイヌとの“逆縁”をとても上品に描出
しようとしているようにみえる。それと全く異なる肌合いのアプローチの仕方もありうる。

■佐藤愛子「私の遺言」(『新潮45』連載中)
作家の佐藤愛子氏の夏の別宅が浦河町に在るのは知っていた。海岸に近い牧場地帯丘の上、
結構目立つところに建っているのを、よく見かけた。この「私の遺言」は、その夏の家で
激しい霊障に見舞われた著者が、エクソシスト=憑き物落としを行った体験のライブ報告。
これはスゴイ。恨みを呑んで憤死したアイヌの霊が降りて来た描写も生々しい。
これだけの力業、ライブ感覚。なかなか御大には書けない/書かないであろう世界。
#ある意味『すばらしい新世界』と有吉佐和子『複合汚染』の違いになぞらえられるかも(^^;
 これも詳しく書くとややこしい話になるけれど、面白いので併読してみて下さいまし。

まさしく「地霊たちの声」そのもの。『帝都物語』の世界もしくは、つのだじろうの世界(^^;
以前ここにも書いたけれど北海道という土地は、あちらの感受性がお強い方には勧められない
場所で、そこかしこに呪いの“根拠”となる過去が存在する。タコ労働者系もそうだけど、
中井紀夫『虚無への供物』(講談社文庫)の冒頭でも言及されたアイヌによる呪詛は在って
然るべきであろうと思える。さして歴史の経緯を深く知らずとも。

井沢元彦氏の『逆説の日本史』(小学館)シリーズの世界になるが、日本文化の基層には、
呪い=怨念をどう御するか、というオペレーション・システムが在った。
どの文化にでも死者を弔う祭祀はあるわけだが、たしかに日本の“怨霊対策公共事業”の規模の
大きさは、ちょっと特徴的かもしれない。造営中の都ひとつ捨てたりしちゃってたわけだし(^^;
そのさらに根源には、縄文と弥生の相克があるのだろう、日本の神話はそればかり語っている。
そしてその最大の司祭が天皇であったりしたわけだ。以下、これも偶然見つけた文章を抜粋。

■大瀬慎一郎「孝明天皇の秘儀 “陰陽師”安倍晴明の血脈」(『新潮45』7、8月号掲載)
 文久二年の七月、俄に異変があった。未曾有の天変が京洛を襲ったのである。
 まず流星雨が突如として都に降り注いだ。しかも翌月には大きなほうき星があらわれ、
 気味悪い彗星の尾が禁裏御所を示す星宿であるし紫美垣を犯した。この天象は孝明天皇に
 とって、死の宣告といってよいものであった。「都は疫病におかされ、やがて兵乱が起き、
 三年を出でずして帝を弔うことに…。」

 …もう少しだ。崇徳院の命日まで無事に乗り切れるかもしれない。孝明天皇は、そう思った。
 思えば、文久年間は凄まじい年であった。流星雨が降り、大彗星があらわれて、理宮が死んだ。
 そして怪異がつづき、神罰によって、いや崇徳院の怨霊によって、洛中が焼亡し、己も命を
 奪われるのではないかとまで思い詰めた。しかし、いまのところ、無事である。
(以上、引用終わり)

「孝明天皇」も「文久二年」もピンと来ない向きは、上のお話、中世の出来事だと思われる
のではないだろうか。勿論さにあらず、孝明天皇とは明治天皇の先代、“陰謀公家”岩倉具視に
毒殺されたのではないか、という疑惑のいわくつき、さしづめ明治維新の“抵抗勢力”である。
佐々木譲氏の『武揚伝』(中央公論新社)なんかをお読みになった方は、日本史の闇の深さを
改めて感じるだろう。ほんとにまるで同時代の話だとは思えない。
大瀬氏の論点は、呪い話だけではなくて、孝明天皇晩年の「行幸」こそが、後の大日本帝国の
伝家の宝刀、そして統帥権という昭和の桎梏へと結びついていく近代日本の原型だった、という
ところにもあるのだが。話題の原武司『可視化された帝国』(みすず書房)へのラインですな。

ちなみに確か明治新政府は、まだ箱館戦争の決着がつく遥か以前に、讃岐の崇徳院を京都に戻す
という事業を行っている。このへんは小室直樹『天皇恐るべし』(ネスコ)に詳しい。
保元の乱(1156年)に破れて四国へ流された崇徳上皇の怨霊が、長らくこの国を乱れさせた
という思想。上田秋成「雨月物語」なんかで近世を通じて近代まで受け継がれた「物語」である。

ものごとの見え方というのは相対的であり、なおかつ時代によって可変的なものである。
決して個人の恣意で、どうにでもできるものでもない。時代の拘束力をナメてはイケナイ。
流星雨なんて怪異な現象が起きただけで、身の毛もよだつほどの恐怖に見舞われるという感性も
ありうる。そんな夜は“物忌み”して部屋に籠もるのが正しい日本文化の継承というものだ(笑)

こうした「崇徳上皇の呪い」みたいなものを“リアル”に感じ、それによって眼前の事象の
すべてを説明して納得し、行動することだって充分「可能」だろう。それが文化の力と仕組み。
孝明天皇に注目した異貌の明治維新史、大瀬氏も作家さんらしいけど、安部龍太郎氏あたりに
ずっしりした長編で取り組んでもらえないものだろうか。さもなくばノヴェルズ系でもいい(^^;
実際、ほんとうに孝明天皇が謀殺されたのだとしたら、その後の“霊的ケア”は如何になされた
のか、あるいはそれでも鎮めきれず、帝の怨念が昭和に祟った、なんてのもコワイ。

かくも過去は「異文化」である。そして過去はいつでも復讐してくる。呪いというメカニズムで。
眼を「南」に転じてみる。あまり深く考えたくないゾーン(^^;

御大の「日本の根は沖縄にある」帯文句でおなじみ比嘉康雄『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』
(集英社新書)って、結局まだ読めてないんだけど、それは取り組むのが厄介な問題だから(^^;
池上永一『レキオス』とか『風車祭』を読んでるぶんには平気なんだけどねぇ。
で、例の(T海氏も関心の深い)岡本太郎氏の写真撮影行為をめぐる、御大のナマの思考の跡が
思っても見ない形で公刊されている。「異文化に向かう姿勢」という小文。

■選書メチエ編集部編『異文化はおもしろい』(講談社選書メチエ)所収
 さまざまな曲折を端折ってこの長い論議の要点をまとめれば、「沖縄文化をヤマトに紹介する
 のはあくまでもヤマトのためであってオキナワのためではない」ということだ。
(以上、引用終わり)
ディベートのレジュメとしては、さすがに御大らしく良くできている。しかし表現者の表仕事は
それだけではイケナイ。物語の力、叙事詩の射程距離、それを追求してもらいたい。

さもなくば、「ちゅらさん」の方が有効かつ“深い”という結論になってしまいかねない(笑)
「ちゅらさん」は、表看板だけ表層的に見て「ああそういうのね」と見過ごした人と、中身との
間の違いにこそ、真価のあるドラマだった。じゃなきゃキレイな南の海の空撮と沖縄出身の女優
さんの笑顔だけで、今どきあんなにヒットするわきゃないのだ。そのへんはハマった人には自明。

■切通理作「人生ドラマよりも「ゆんたく」を―『ちゅらさん』の同時代的意義」
(映人社『月刊ドラマ』12月号掲載)
 恵里を囲むアパートの個性豊かな面々がだんだん仲良くなっていく一風館篇は、いわば東京で
 「ゆんたく」を成立させることが主眼だったのだ。一風館はその名前からしてかつての全国的
 な人気漫画『めぞん一刻』『タッチ』の舞台を思わせ、80年代を過ごしてきた者にとっては
 どこか懐かしくもある。『ちゅらさん』は少女時代を除けば90年代アタマから始まる。以後
 の十年間、社会は不況になり、忌まわしい事件が次々と起こるが、まったくそこには触れられ
 ない。あまつさえ阪神大震災を含む四年間は「早送り」されてしまう。80年代にはまだあった
 古いアパートも、90年代にはどんどん建て変わっていったはずだが、そこにも触れられない。
(以上、引用終わり)
一風館の設定地となっている都電雑司ヶ谷駅近辺を散歩するのは楽しい。さして池袋の繁華街から
離れていないのに、ちょっと古いトウキョウの匂いがする。散歩学の聖地、雑司ヶ谷霊園もある。
#阿刀田高『怪談』(幻冬舎文庫)を見よ(^^) ここから鬼子母神、目白界隈あたりはなかなか
 おもしろい。そういえば今日の初めの話の氷沼家も目白の近くに設定されていたはず。<余談。

「ちゅらさん」はボディ・ブローのように効いてくる。そう何度か予言した。
それもまた一種の“呪い”のようなものと言えようか? おばぁだけに(笑)

■「ちゅらさん」総集編の放送
 BS2 12月3日(月)4日(火)5日(水) 19:30〜20:44 三夜連続
 総合  12月25日(火)26日(水)27日(木) 19:30〜20:44 三夜連続
 総合再 12月29日(土)30日(日)31日(月) 8:00〜9:14 三日連続
だそうです。なんと朝ドラ総集編としては異例の、ゴールデンタイムでの放送になります。
新たに撮影された、おばぁのメッセージみたいなのも着くみたい。見ないとだめサァ♪

御大の「異文化に向かう姿勢」というリポートを読んで、元気が出ない感じがするのは仕方ない。
それに対する処方箋として一方で「ちゅらさん」の射程距離みたいな話を持ってくるとして、
もう一方で、異文化に向かう若いフィールドワーカーの眼が捉えた、新鮮な世界を感じたい。
そういう気分で読むのに打ってつけの、すばらしく面白い本を紹介しよう。再び、北だ。

■磯貝日月『ヌナブト イヌイットの国その日その日 テーマ探しの旅』(清水弘文堂書房)
 20歳の若者の北極圏彷徨日記。手で考え、足で書いた青春記録。AO入試花盛り!
 元祖・慶応大学湘南キャンパス(SFC)のAO入学生は、こんなことをやっている!

 1980年生まれ。東京都立晴海総合高校卒(1期生)。慶應義塾大学総合政策学部2年生。
 『カナダのヌナブト準州の研究』を謳って同学部のAO試験に合格。
 1999年に新たにできたヌナブト準州各地を3回彷徨。
(以上、帯と裏表紙より引用)
これ、まだ読んでる途中なんだけど、すごく良い、この人の将来の仕事も楽しみ(^^)
若い衆が異国へ行って撮った写真や書いた文章をイージーまとめた本には食傷しているのだが、
「ヌナブト準州」にも「慶応大学湘南キャンパス=SFC」にも興味があったので手に取った。
してみると彼、本物のフィールドワーカーの家系で、幼少期から北極圏に行ってる筋金入り、
それもワイルド一辺倒系ではなくて、お祖父さんがアチックの同人だったというからスゴイ。
ほとんど冒頭のあたり、日記を本として刊行する経緯を書いた部分では国立民族学博物館を
訪ねて、石毛直道館長、梅棹忠夫御大をはじめキラ星の如き人々と「交友」しているのだ。
しかもAO試験の面接官として登場するのは、あの小熊英二先生だったりもする!(^^)
そんなアカデミズムを置いておいても、ヌナブトをうろつく部分を読めば彼の魅力はわかる。

なにより、同じ慶応大学に籍を置きながら北極圏をうろついていた“あの先輩”の若い頃を想像
させるのが、不純な読者のハートを鷲掴み、といったところか(爆)
それはともかく、「国家」も「共同体」も国際機関も揺らいで、世界が「暴走」(<ギデンズ)
している現在、人の集団の在り方、そしてヒトと自然との関係の在り方を考える上でヌナブト
からの報告は、とても値打ちのある仕事になりうる、きっと。ちばりよ〜、磯貝君(^^)

…というわけで、呪いから出発して、冷たい北極圏の風に吹かれるまでの顛末でした♪

下記のようなラインナップのマクロな世界把握の方向性も併置するとわかりやすいというか、
話に厚みが出るのだろうが、これ以上書くもの何なので、今夜は書名だけ予告的に(^^;

■川北稔編『知の教科書 ウォーラーステイン』(講談社選書メチエ)

■田中宇/大門小百合『ハーバードで語られる世界戦略』(光文社新書)

■副島隆彦『テロ世界戦争と日本の行方 アメリカよ、驕るなかれ!』(弓立社)


題:153話 フチの昔話3
画:イチョウ
話:お話の主人公はだいたいいつもポイヤウンペという強い立派な男でした

題:154話 フチの昔話4
画:ウド
話:ポイヤウンペの物語 その1

題:155話 フチの昔話5
画:蕎麦
話:ポイヤウンペの物語 その2

題:156話 フチの昔話6
画:ヤマノイモ
話:ポイヤウンペの物語 その3

題:157話 フチの昔話7
画:山椒
話:ポイヤウンペの物語 その4

題:158話 フチの昔話8
画:ヤツデ
話:ポイヤウンペの物語 その5

題:159話 フチの昔話9
画:エンドウ
話:紙の上に字で書いたのを読んでも、そういう楽しさは伝わらないわ

題:160話 フチの昔話10
画:イチジク
話:お話、もっと、と春彦がせがんだ

題:161話 フチの昔話11
画:苺
話:火の女神さまのお話

題:162話 フチの昔話12
画:ヨモギ
話:アイヌのお話はみな登場人物のうちの一人が語る形なの

題:163話 フチの昔話13
画:藤
話:では、異類婚というよりも、異類恋愛と呼んだ方がいいな

題:164話 フチの昔話14
画:コスモス
話:私は弓と矢だけ持って、楢の木に登り、じっと熊が近づくのを待った


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