父、登る 2 2009年08月08日(土)

大雨洪水警報が出ている中、富士登山ツアーに参加した父(75歳)は、登山中止と思いきや、土砂降りの中、五合目を出発したらしく、その日のうちにバスで戻ってきていないということは、どうやら八合目までは登ったと推測されるものの、なにぶんにも携帯電話が当たり前の社会に生きていない男は、家族の心配をよそに、ちっとも連絡を寄越さないまま、そして夜が明けた。

8月3日(月)早朝
母が言うには、5時前に「ものすごい景色だ! 快晴だよ、すごい!」と興奮気味に父からの連絡が、どうやら頂上からあったもよう。人をさんざん心配させておいて、もっと早く連絡を寄越せと憤慨する母。
その10分ほど後に「デジカメが動かない。携帯電話で写真撮れる? どうやって撮るの?」という父からの連絡があり、やっぱりデジカメが壊れたもよう。だから新しいカメラを買えと言ったのにと呆れる母。
何はともあれ、無事、頂上にたどり着いたようだし、天気は回復したようだし、もう大丈夫だろうと、仕事へ出かける。

8月3日(月)昼
念のため、無事下山できたか確認しておくため自宅に電話を入れようと携帯電話を見てみると、母からの着信が複数あり、不吉な思いに駆られながら連絡してみると、「お父さんが、七合目で動けなくなって救助を求めてるの! 周りに誰もいないって!」と母。
おいおいおいと思いつつ、事情を聞くと、下山途中で腰と膝が痛くなり、ガイドはどんどん先に行くし、気がつけば周りには誰もいなくなってしまい、歩けないし、助けは呼べないしで、自宅に電話をしてきたもよう。
慌てた母はツアー会社に連絡し、ツアー会社からガイドの携帯電話を教えてもらい、連絡して助けを求めたところ、ガイドは「僕はもう五合目まで降りているんです。これからまた七合目まで行けと言うんですか!」と怒鳴り、電話を切ってしまい、驚いた母は父に連絡をしてみるが、鳴らせど鳴らせど父がちっとも電話に出ないのは、無理矢理もたされた携帯電話のかけ方はなんとなく習得していたものの、鳴っている電話の出方を知らないからであった。だからあれほど、電話の出かたも教えておけと。
しばらくして、その電話に出たのは知らない男の声で、驚く母に、男は「これから馬に乗せますから」などと言い、母を混乱させたのだった。
あとから聞いたところによれば、電話の出方がわからない父は、救助に来た山の案内人に携帯電話を渡して出てもらったのであるが、山の案内人とは、富士山で歩けなくなった人を馬に乗せて運んでくれる人であった。
さらにあとから聞いたところによれば、むろん無料などではなく、七合目から五合目までの運賃は1万2千円であった。
またさらにあとから聞いたところによれば、その馬牽きの人は、救助要請を受けてやってきたのだが、実はその要請は別の人からのもので、たまたま先に見つけた父を間違えて拾ってしまったのであった。ちなみに、すぐに間違いに気付いたが、馬小屋が近くにあったので、すぐに別の案内人が本来の救助要請に応じられたであった。
これらの「あとから聞いたところによれば」は実際、あとから聞いているので、母は混乱したまま、とにかくすぐに痛み止めの薬を飲むように父に指示したが、当然お約束のように、父は薬の入った袋をバスに置いて行っているのであった。だからあれほど薬を持っていけと言ったのに、何の役にも立ちゃしないと、憤慨する母。
ともかく、頂上で写真も撮っていることだし、そろそろ携帯のバッテリーがやばいということで、電話をいったん切った。
そしてここからまた一切の連絡が途絶えてしまうことになるのだった。

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